紫電改のタカ。 紫電改 後期型 ハセガワ 1/48 組立と塗装・製作記・完成写真

紫電改のタカ (1) (中公文庫―コミック版 (Cち1

紫電改のタカ

10) 「これでグラマンに勝てる」 紫電改パイロットが語る高性能 昭和19年11月にフィリピンのマバラカット特攻基地から特命で内地に帰り、横須賀で三四三航空隊を編成。 12月末に松山基地に移った。 紫電改は零戦なんて問題にならないくらいすごい。 零戦は800馬力だが、紫電改はグラマンと同じ2千馬力。 零戦は軽いから小技が効くが、スピードや上昇は紫電改は良かった。 「よっしゃ! これでグラマンに勝てる」と、自信を持った。 当時アメリカのグラマンは零戦を「カモが来よった」と喜んだそう。 20年3月19日、空襲に来たときはアメリカの機動部隊の連中は「えらい強い戦闘機だ」と驚いたらしい。 私たちも「紫電改で絶対にグラマンに勝つんだ」と確信を持って沖縄の制空、九州の上空哨戒に参加した。 私は4月12日に沖縄の制空隊で攻撃に行ったとき、喜界島の上空で空中戦になった。 紫電改は零戦と違って燃料が少ないので空中戦を長くできない。 戦闘機の空中戦は弾や燃料がなくなる3分間が基本。 私は2機撃墜したと思って基地に帰って報告したら「馬鹿者! お前は敵機が海へ落ちるか島へ落ちたかを確認したのか。 それは撃墜じゃない! 不確実だ」と怒られた。

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紫電改のタカ

紫電改のタカ

スミソニアン別館の展示機だ。 またも海軍機かと言われそうだが、陸軍機はあまり現存していない。 紫電改は製造数が400機くらいだが、アメリカには数機が現存していると推定される。 稼働開始が1944年12月からと遅く、部品や燃料不足で稼働率が低く、多くが地上で鹵獲されたのだろう。 「紫電改」は「紫電改のタカ」(ちばてつや作)であまりにも有名であるが、果たして国賊、源田 実の「三四三空」は言われるような戦果をあげたのであろうか。 米軍資料では源田の戦果は小型機40機くらいと言われている。 滝よりグリンナー少佐に分あり。 四国にもあるから格別珍しいものではないが、この機体、武装があり、程度は良い。 全長9. 4m 全幅(スパン)12m、航続距離が短い局地戦闘機であった。 翼内に20㎜機銃を4挺、計900発を備えていた。 機銃の間隔が短いので、左右に弾倉があったのだろう。 上のB-29に比較してもそんなに小さい機体でない。 性能が出せたなら、体当たりしても迎撃すべきであった。 この仕様は明らかにB-29迎撃だが、数か月で負け戦の見込み、源田のずるさが出ている。 三四三空もようやく飛ばすことの出来るような操縦士しか残っていなかったのではないか。 機体がこういうごちゃごちゃしたところの展示は目移りして良い写真も撮れない。 (参考 碇 義朗著戦闘機「紫電改」).

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紫電改のタカ (1) (中公文庫―コミック版 (Cち1

紫電改のタカ

10) 「これでグラマンに勝てる」 紫電改パイロットが語る高性能 昭和19年11月にフィリピンのマバラカット特攻基地から特命で内地に帰り、横須賀で三四三航空隊を編成。 12月末に松山基地に移った。 紫電改は零戦なんて問題にならないくらいすごい。 零戦は800馬力だが、紫電改はグラマンと同じ2千馬力。 零戦は軽いから小技が効くが、スピードや上昇は紫電改は良かった。 「よっしゃ! これでグラマンに勝てる」と、自信を持った。 当時アメリカのグラマンは零戦を「カモが来よった」と喜んだそう。 20年3月19日、空襲に来たときはアメリカの機動部隊の連中は「えらい強い戦闘機だ」と驚いたらしい。 私たちも「紫電改で絶対にグラマンに勝つんだ」と確信を持って沖縄の制空、九州の上空哨戒に参加した。 私は4月12日に沖縄の制空隊で攻撃に行ったとき、喜界島の上空で空中戦になった。 紫電改は零戦と違って燃料が少ないので空中戦を長くできない。 戦闘機の空中戦は弾や燃料がなくなる3分間が基本。 私は2機撃墜したと思って基地に帰って報告したら「馬鹿者! お前は敵機が海へ落ちるか島へ落ちたかを確認したのか。 それは撃墜じゃない! 不確実だ」と怒られた。

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