男 たち の ヤマト。 映画「男たちの大和/YAMATO」の名言で

男たちの大和 / YAMATO

男 たち の ヤマト

こんな不謹慎な記事を書くkossyに不信感を抱く読者も・・・ 「北緯三十度四三分、東経一二八度四分へ行きたいのです」と船頭を探す内田真貴子。 偶然彼女を乗せた漁師神尾は、彼女が内田二等兵の娘であると気づく。 こうして映画『男たちの大和』は『タイタニック』のような構成で展開する。 登場人物がかなり多いが、中心となるのは海軍特別年少兵・神尾(松山ケンイチ)の視点。 海軍に憧れ、純粋に日本を守りたい一心で15歳の若さで志願するのだった・・・ この映画は不思議なことに右からも左からも色々とケチをつけられ、賛否両論になりそうな予感もする。 また、アジア諸国からは「軍国主義復活」だとか「戦争美化」「日本人だけが被害者」「侵略の事実を隠蔽」などといった非難を浴びる可能性だってあるのです。 だけど、この映画のとらえ方は人それぞれ。 一貫して訴えているのは「戦争の悲惨さ」であることは疑いの余地もないのですが、「日本を守って死んでいった人たちを・・・」というエンドロール後のテロップに違和感が残ります。 佐藤純彌監督作品を劇場で初めて観たのは『人間の証明』。 『新幹線大爆破』や『野性の証明』は大好きです。 アドレナリンを大量放出させるような、ある種のハチャメチャぶりが非常に面白い。 そのハチャメチャさが極度に現れ、大駄作になってしまったのが『北京原人 Who are you? 北京原人で監督生命を絶たれたかと危惧されたが、旧友角川春樹に誘われて再起をかけたのだろうと想像できます。 監督デビュー作が『陸軍残酷物語』で軍部批判の色が濃いものだったらしいし(未見)、『野性の証明』では自衛隊批判を暗に訴えてるし、『未完の対局』でも日本軍の恥部を描いていた。 そうした作品群からすると、今作で戦争美化なんてするはずがない人なのです。 ただ、日本の現代の風潮や東映の方針(特に宣伝)によって、色んな解釈ができる映画となったような気がします。 ストーリーは、大和の乗組員の悲運とその家族の切なる願いを対照的に描き、反戦メッセージのみならず、「生きることの尊さ」をも訴え、生き残った者が背負った「生きることの意味」という重い命題を真摯に描いています。 そして、沈没に至る最後の決戦では、残虐なまでに血飛沫が舞い、重厚な効果音によって臨場感たっぷりに戦争の恐怖を味わうことができました。 もちろん泣いてしまいました。 白石加代子、余貴美子、蒼井優の3人にやられました。 こうなったら、蒼井優のために生きてゆきます・・・ 尚、今回の試写会は舞台挨拶付き!佐藤監督、山田純大、松山ケンイチ、渡辺大の4人。 素敵なメッセージ、ありがとうございました。 〈2005年12月試写会にて〉• 「デスカムトゥルー」 C IZANAGIGAMES, Inc. All rights reserved. 「ソニック・ザ・ムービー」 C 2020 PARAMOUNT PICTURES AND SEGA OF AMERICA, INC. ALL RIGHTS RESERVED. 「エジソンズ・ゲーム」 C 2018 Lantern Entertainment LLC. All Rights Reserved. 」 C 2019 Sony Pictures Television Inc. and CBS Studios Inc. All Rights Reserved. 「ドクター・ドリトル」 C 2019 Universal Pictures. All Rights Reserved.

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男たちのヤマト: 小さな幸せ。びちゃのつぶやき

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『男たちの大和 YAMATO』75点 (100点満点中) 思想色は薄い、感動の戦争ドラマ 2005年は戦後60周年ということで、 『ローレライ』『亡国のイージス』『戦国自衛隊1549』といった、軍事大作の公開が続いた。 しかし、大東亜戦争(太平洋戦争)を真っ向から描いた戦争大作は、今年最後を締めくくるこの『男たちの大和 YAMATO』だけだ。 製作発表時から、大いに期待されてきたこの作品の出来は、いったいどうなのか。 戦艦大和の生き残りを父に持つヒロイン(鈴木京香)は、父の生き様を知るため、漁船を借りて大和の沈没地点に向かう。 そしてその道すがら、父の同僚だった船長から、大和の沖縄水上特攻作戦の真実を聞かされる。 さて、沖縄水上特攻作戦とは、史上最強かつ最大だった戦艦大和最後の作戦の事だ。 当時の日本は、すでに敗色が濃厚。 だが、本土たる沖縄を守るため、彼らは航空支援が無いにもかかわらず、上陸した米軍を艦砲射撃で殲滅するため、護衛艦隊と共に出撃した。 しかし、400機近い圧倒的戦力の米軍機から猛烈な攻撃を受け、乗員2千数百名と共に、東シナ海の藻屑と消えたのだ。 『男たちの大和 YAMATO』の物語は、その作戦を中心に描いたものだが、焦点は乗組員とその家族、恋人たちに当てられている。 つまり、 「彼らは、どんな思いでこの作戦に挑んだのか」=「どんな思いで死地に挑んだのか」を丁寧に描いた人間ドラマである。 よって、米軍側に対する描写は一切無い。 米軍=悪という、単純な構図にならないあたり、いかにも日本らしい。 日本軍兵士を、血の通った人間として描いている点は評価に値しよう。 騙されたのでも、洗脳されたのでもなく、明確な国家防衛の意思を持って、自ら戦いに挑んだ若者たちの姿が、否応無しに涙を誘う。 ただし、歴史にうるさい人、とくに保守派の人たちにとっては、いくつかの不満が残るだろう。 つまりこの映画は、 思想的にはかなり薄まった内容になっていると言うことだ。 なにしろ邦画としては最大級の、 30億円をかけた超大作だから、余計な商売上のリスクは犯せないといったところか。 その分、万人向けの、ベーシックな戦争ドラマになっているわけだが。 具体的には、まず、 靖国神社という単語が一切出てこない。 そして、 この作戦の発案過程の描き方が、かなり強引である。 これでは、途中で迎撃されるのが確実なのに、天皇陛下がやれと言ったから仕方なくやった、というような印象を受けてしまう。 実際のところは、呉でじっとしていてもやられるのだから、不利を承知で出撃した、という側面もあったはずなのだが。 また、これは特攻作戦全般に言えることだが、日本人は死んでも抵抗するのだ、という姿を見せておかなければ、民族単位で叩き潰されてしまうから、やむなくあんな悲壮な作戦が実行されたのだ。 当時の国際情勢、とくにアメリカという国は、それほど容赦無い相手だったと言うことだ。 映画の中で長嶋一茂が「この国は、一度負けないと立ち直れない」というような事を言っていたが、それと同時に、上記のような事も主張してほしいところだった。 映画の見所は、やはり 6億円をかけた大和のセット、そして戦闘シーンということになるだろう。 セットについては文句なしの素晴らしい出来映えだが、いかんせんそこで予算がつきたか、劇中の世界には奥行きが無い。 まるで、この世には大和一隻しか存在しないような、そんな映画になっている。 僚艦の存在もまるで感じられないし、言ってみれば6億のセットを舞台にした演劇みたいなものだ。 これは、大和の全景をほとんど描写していない点に原因がある。 戦闘シーンにおいても、カメラは常に甲板のどこかにあり、甲板上ばかりを写している。 大和を離れ、空中からの構図や海上からの構図を頻繁にはさんでいけば、もっとスケール感のある、良いシークエンスが出来あがったはずなのだが。 しかし、CGで描くのが大変だったのか、そうしたショットは少なく、非常に残念だ。 ただし、肉片が飛び散り、火薬の匂いも伝わってくるかのような凄惨極まりない戦闘場面自体には、かなりの迫力、臨場感がある。 仲間がバッタバッタと倒れても、 決して一歩も引かずに戦うその姿に、私は強く胸を打たれた。 ここまで追い詰められるまでに、どうにかならなかったものかと、その理不尽さにも腹が立った。 また、もうひとつ評価したいのは、久石譲による音楽で、これは彼の映画音楽の最高傑作じゃないかと思うほど良かった。 まとめとして、映画自体は、タイタニックと同じ構成だったり、随所に古臭さを感じさせるなど、センスの悪いものではある。 ただし、 「当時、命がけで日本を守ろうとした男たちがいた」というテーマを現在に伝えるという、大きな目的はしっかりと遂げている。 少なくとも、冒頭にあげた軍事もの大作の中では、ダントツに見るべき価値のある作品といえる。 私自身、ほかの映画は2度見る気はしないが、この『男たちの大和 YAMATO』だけは、公開されたら自腹でもう一度観に行くつもりだ。 批評する目で観るのではなく、純粋に味わい、楽しむために。

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ゲーム実況者グループ「ナポリの男たち」にハマった

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『男たちの大和 YAMATO』75点 (100点満点中) 思想色は薄い、感動の戦争ドラマ 2005年は戦後60周年ということで、 『ローレライ』『亡国のイージス』『戦国自衛隊1549』といった、軍事大作の公開が続いた。 しかし、大東亜戦争(太平洋戦争)を真っ向から描いた戦争大作は、今年最後を締めくくるこの『男たちの大和 YAMATO』だけだ。 製作発表時から、大いに期待されてきたこの作品の出来は、いったいどうなのか。 戦艦大和の生き残りを父に持つヒロイン(鈴木京香)は、父の生き様を知るため、漁船を借りて大和の沈没地点に向かう。 そしてその道すがら、父の同僚だった船長から、大和の沖縄水上特攻作戦の真実を聞かされる。 さて、沖縄水上特攻作戦とは、史上最強かつ最大だった戦艦大和最後の作戦の事だ。 当時の日本は、すでに敗色が濃厚。 だが、本土たる沖縄を守るため、彼らは航空支援が無いにもかかわらず、上陸した米軍を艦砲射撃で殲滅するため、護衛艦隊と共に出撃した。 しかし、400機近い圧倒的戦力の米軍機から猛烈な攻撃を受け、乗員2千数百名と共に、東シナ海の藻屑と消えたのだ。 『男たちの大和 YAMATO』の物語は、その作戦を中心に描いたものだが、焦点は乗組員とその家族、恋人たちに当てられている。 つまり、 「彼らは、どんな思いでこの作戦に挑んだのか」=「どんな思いで死地に挑んだのか」を丁寧に描いた人間ドラマである。 よって、米軍側に対する描写は一切無い。 米軍=悪という、単純な構図にならないあたり、いかにも日本らしい。 日本軍兵士を、血の通った人間として描いている点は評価に値しよう。 騙されたのでも、洗脳されたのでもなく、明確な国家防衛の意思を持って、自ら戦いに挑んだ若者たちの姿が、否応無しに涙を誘う。 ただし、歴史にうるさい人、とくに保守派の人たちにとっては、いくつかの不満が残るだろう。 つまりこの映画は、 思想的にはかなり薄まった内容になっていると言うことだ。 なにしろ邦画としては最大級の、 30億円をかけた超大作だから、余計な商売上のリスクは犯せないといったところか。 その分、万人向けの、ベーシックな戦争ドラマになっているわけだが。 具体的には、まず、 靖国神社という単語が一切出てこない。 そして、 この作戦の発案過程の描き方が、かなり強引である。 これでは、途中で迎撃されるのが確実なのに、天皇陛下がやれと言ったから仕方なくやった、というような印象を受けてしまう。 実際のところは、呉でじっとしていてもやられるのだから、不利を承知で出撃した、という側面もあったはずなのだが。 また、これは特攻作戦全般に言えることだが、日本人は死んでも抵抗するのだ、という姿を見せておかなければ、民族単位で叩き潰されてしまうから、やむなくあんな悲壮な作戦が実行されたのだ。 当時の国際情勢、とくにアメリカという国は、それほど容赦無い相手だったと言うことだ。 映画の中で長嶋一茂が「この国は、一度負けないと立ち直れない」というような事を言っていたが、それと同時に、上記のような事も主張してほしいところだった。 映画の見所は、やはり 6億円をかけた大和のセット、そして戦闘シーンということになるだろう。 セットについては文句なしの素晴らしい出来映えだが、いかんせんそこで予算がつきたか、劇中の世界には奥行きが無い。 まるで、この世には大和一隻しか存在しないような、そんな映画になっている。 僚艦の存在もまるで感じられないし、言ってみれば6億のセットを舞台にした演劇みたいなものだ。 これは、大和の全景をほとんど描写していない点に原因がある。 戦闘シーンにおいても、カメラは常に甲板のどこかにあり、甲板上ばかりを写している。 大和を離れ、空中からの構図や海上からの構図を頻繁にはさんでいけば、もっとスケール感のある、良いシークエンスが出来あがったはずなのだが。 しかし、CGで描くのが大変だったのか、そうしたショットは少なく、非常に残念だ。 ただし、肉片が飛び散り、火薬の匂いも伝わってくるかのような凄惨極まりない戦闘場面自体には、かなりの迫力、臨場感がある。 仲間がバッタバッタと倒れても、 決して一歩も引かずに戦うその姿に、私は強く胸を打たれた。 ここまで追い詰められるまでに、どうにかならなかったものかと、その理不尽さにも腹が立った。 また、もうひとつ評価したいのは、久石譲による音楽で、これは彼の映画音楽の最高傑作じゃないかと思うほど良かった。 まとめとして、映画自体は、タイタニックと同じ構成だったり、随所に古臭さを感じさせるなど、センスの悪いものではある。 ただし、 「当時、命がけで日本を守ろうとした男たちがいた」というテーマを現在に伝えるという、大きな目的はしっかりと遂げている。 少なくとも、冒頭にあげた軍事もの大作の中では、ダントツに見るべき価値のある作品といえる。 私自身、ほかの映画は2度見る気はしないが、この『男たちの大和 YAMATO』だけは、公開されたら自腹でもう一度観に行くつもりだ。 批評する目で観るのではなく、純粋に味わい、楽しむために。

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