大阪 キャバレー。 大阪のキャバレー: 大阪の 10 件のキャバレーをチェックする

ミスパール ナイトラウンジ キャバレー 大阪 ミナミ 難波 二次会 団体 観光割引 飲み放題

大阪 キャバレー

大阪ミナミ千日前、この土地には「昭和」の盛り場の風情がこびりついていて何気に凄い訳ですが、そんな昭和遺産的な物件をいくつか当たってみようと思ってこの界隈をふらふら歩いてみました。 まず千日前と言えば有名過ぎる「味園ビル」が第一に思い浮かびますわな。 ここも「ユニバース」という大型キャバレーがあったが2011年3月に惜しくも閉店、今では貸ホールになっていて、特に二階の飲食街なんかはアングラサブカル路線のバーやライブハウスが続々入居してもはや関西サブカル界の聖地と化している。 そりゃ味園ビルは超が着くほど有名だが、何も千日前は味園ビルだけではおまへんで!という光景があるんですよ。 味園ビルからスッと難波寄りに戻ったところの筋を北へピャーっと入ってもらえまへんかね。 ほらなんかありますよ。 そこにあるのはこれまたとんでもないド派手な外観を持つ大型キャバレー「ミス大阪」の建物なのであった。 味園ビルのユニバース亡き今、大阪ミナミで現役で昭和スタイルを貫き営業し続けている生きた化…いや、老舗中の老舗なのだ。 しかも周囲を見てもらえれば分かるが「ミス大阪」以外にも系列店の建物がここら一帯にひしめいていて「ミスパール」だとか「ザ・フレッシュ」といった店もある。 ミスパールなんか見て下さいよ。 看板が真珠貝か帆立貝か知らんけど貝殻の形になってますやん。 凝り過ぎですよ。 このミス大阪、戦前の昭和12 1937 年創業、戦後は千日前のこの場所に移転し現在まで70年以上にわたってミナミの夜を見守り続けてきた。 高度経済成長期には連日満員御礼で札束が飛び交いまくっていたという。 2フロア300坪という規模の大型キャバレーは全国でも珍しくなっている。 どこがフレッシュやねんとツッコミを入れたくなる気持ちも分からないでもないがネーミングセンスがレトロ過ぎて涙が出そうになる「ザ・フレッシュ」。 激安路線で現役続行中だそうで何とも景気が良さそうですね。 ミス大阪の建物一階にはお花屋さんもあります。 長年夜の街と共に生き続けてきた花屋もたまたま前を通りがかったのが正月前だったのでシャッター降ろしていました。 でもシャッターの絵が妙にツボにはまる件。 擬人化したチューリップさんが「花屋でーす」とベタにアピール。 ミス大阪、ミスパール、ザ・フレッシュの三店舗はいずれも「鳥よしグループ」が経営しているようで、大宴会場、和食と鳥料理の「鳥よし本店」も隣接しとります。 そして、やっぱりこういうお店は夜が本番なので日が落ちてから見に来なあきまへんがな。 レトロ感半端ない「ミス大阪」のネオン看板が七色に光っている。 テンション上がらずにはいられません。 もはやこのような昭和スタイルを貫く大型キャバレーは全国的にも無くなりつつある絶滅危惧種。 東京に行って銀座や新宿で同じような場所を探そうとしても該当する箇所がない。 そんな中でこれだけのネオンサインを轟かせている場所はもはや大阪千日前のここだけしかない気がする。 その意味では貴重だし、無くなる前には一回くらい店にお邪魔したいですよね。 なかなか大阪まで出向く機会がないのが歯がゆい所です。 エリアから記事を探す• 373• 108•

次の

キャバレー (接待飲食店)

大阪 キャバレー

創業80年、伝説の老舗キャバレー、東京・銀座「白いばら」に50年間勤務し、名店長といわれた著者が、お客様のための創意工夫をはじめて明かした『』から、抜粋してお届けしています。 白いばらは他の高級クラブやキャバクラと何が違うの? と、よく聞かれます。 そういう時、私は決まってこう答えます。 ホステスがお客さまを呼ぶのが高級クラブ。 店がお客さまを呼ぶのが白いばら。 ここまでお話ししたように、白いばらでも、ホステスが重要な役割を担っているのは間違いありません。 だからと言って、ホステスの力に頼りきった営業は問題なのです。 ホステスが主役のキャバレーで「店がお客さまを呼ぶ」なんて、おかしな話に思えるかもしれませんが、このことが今日まで白いばらが愛され続けた最大の理由だと思います。 「あの娘がいる店に行こう」ではなく、「白いばらに行こう」、そう思ってくださるお客さまが白いばらを支えているのです。 実際、白いばらに通う常連のお客さまは、『白いばら』というお店自体と長きにわたるお付き合いをしてくださっています。 一〇年、二〇年は当たり前。 五〇年以上のお付き合いになるお客さまもいらっしゃいます。 女性の常連客が水商売にしては多いことも、店がお客さまを呼んでいる証ではないでしょうか。 ホステス側の意識も同じです。 白いばらのホステスに「どこで働いているの?」と聞くと、「白いばらです!」と元気よく返ってきます。 高級クラブのホステスは在籍している店名ではなく、オーナーや店長の名前で答えるのです。 なぜなら、高級クラブはすぐ閉店してしまうことが多いうえに、ホステス自身もあちこち店を移籍するため、帰属意識が薄いのです。 ホステスが店を移ると、高級クラブのお客さまはそのホステスを追って、通う店を変えます。 つまり、店に遊びに行っているのではなく、お気に入りのホステスに会いに行っているんですね。 高級クラブでは、店の要はあくまでホステスなんです。 これに対し、白いばらでは、基本的にお客さまはお店での遊びを楽しみに来店されます。 もし、指名していたホステスが辞めたとしても、お客さまがそのホステスを追って白いばらから離れていくことは滅多にありません。 それどころか、辞めたホステスを引き連れて、白いばらに遊びに来てくださることもよくあります。 白いばらにはホステスとお酒を飲むこと以外に、楽しい要素がたくさん詰まっています。 生バンドの演奏やプロのダンサーによるショー、年間を通じて企画される各種イベント。 そして、お客さまも歌ったり踊ったりと、お酒の飲めない人や女性でも十分に楽しめる場なのです。 ですからお客さまは、みんなお店に遊びに来てくれるのです。 かく言う私ですが、実は若い頃は、そんな白いばらの魅力にまったく気づいていませんでした。 私が白いばらで働き始めたのは、一九六〇年、一八歳の時のことです。 まだ若く、山っ気のあった私には、白いばらはただの安っぽい店にしか思えませんでした。 働き始めて一年で限界を迎えました。 「自分にはもっと高級な店が合っている!」と白いばらを飛び出し、銀座七丁目のとある高級クラブに移りました。 そのクラブの店内は贅を尽くしてあり、ホステスも美しく、こう言っては何ですが、白いばらとは土俵の違う世界でした。 でも、それがただの虚飾であることに気づくのに時間はかかりませんでした。 高級クラブのホステスたちは、大金を注ぎ込んで自分を磨き上げます。 見た目だけでなく所作も美しく、新聞にも毎日目を通していて知性もみなぎっています。 持ち物や衣装もきちっとしていて、寸分の隙もありません。 たしかに、彼女らの日々の節制ぶりや努力には敬服せざるを得ません。 でも、完璧すぎて、人間味があまり伝わってこない印象でした。 いくら美しくても、どんなに甘い言葉をささやいても、人間的な温かさのない絵空事の世界ですから、お客さまの心もじきに離れていきます。 私は働いてすぐに、「ここにいたら自分が自分でなくなってしまう」と感じ、白いばらに戻ることを考え始めましたが、白いばらを出てきてしまった手前、そう簡単には戻れません。 一年間だけ我慢してその店にいました。 一年後に先代の社長に頭を下げに行くと、一言も咎とがめずに、私を黒服へと戻してくれました。 お店に一歩入った時、私はほとばしる汗や人間のにおいを感じました。 「ああ、戻ってこれてよかった。 ずっとここで働こう」、そう感じたことを覚えています。 それから五〇年。 お客さまはもちろん、年下の黒服に対しても、尊敬の気持ちを持って仕事をしてきました。 遠回りすることになりましたが、その時に高級クラブの世界を見てきたからこそ、あらためて白いばらの魅力に気づくことができたと、今は思っています。

次の

ミスパール ナイトラウンジ キャバレー 大阪 ミナミ 難波 二次会 団体 観光割引 飲み放題

大阪 キャバレー

なんばオリエンタルホテルが位置する「千日前」。 昨今は、その千日前界隈も「ウラなんば」と呼ばれ、 新しいレストランやバーが次々にオープンし、 若い方にも人気のスポットに。 そんな中、1955年から千日前のランドマークとして 偉容を誇る「味園」ビル。 宴会場である「味園」ビル内地下1階には、 かつてキャバレーとして賑わっていた「ユニバース」が。 今は、貸しホールとして千日前を賑わすイベントを定期的に 開催されています。 今回は、特別にその「ユニバース」の中を 見学させて頂きました! ドアを開けると…. 豪華なアートランプが飾られたエントランス。 エントランスの階段を降りると…. こ…これは、アールデコ?ミッドセンチュリー? 50年代に流行したスタイルすべてが ミックスされたオリジナルの異空間が! 高度経済成長期の日本へ タイムトリップしたかのような豪華な雰囲気です。 当時のオーナー志井銀次郎さんが デザイン、内装、建築設計を手がけ、 「本物を使う」というこだわりがあらゆるところに。 1955年オープン当時はかなり センセーショナルな存在だったとのこと。 今回は特別に、 楽屋も見学させて頂きました。 壁一面を彩るオープン当初からのフライヤーには、 昭和時代に活躍した あの大物歌手やアーティストの名前が! 今も変わらぬロゴデザインも。 広報の竹原さんに今後の展望を伺うと、 『「なんば」というユニークな街を造る エッセンスのひとつとして歩みたい』 というなんとも謙虚なお言葉。 まさに隠れた千日前の遺産「味園 ユニバース」。 今夜も燦燦と千日前の街を 照らし続けてくれています。 味園ユニバースは、なんばオリエンタルホテルから徒歩2分。 2015年に映画の舞台にもなり、注目を集めています。 京セラドーム大阪へは近鉄日本橋駅から約20分の好立地です。

次の