泥 中 に 咲く 読み方。 川村妙慶 叱り方、叱られ方 泥の中から咲く~身と心をほぐす13の智恵 より【オーディオブック】 ダウンロード PDF

雨の名前と種類を一覧で紹介!日本人の豊かな感性に感動!

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「尾を塗中に曳く」の読み方 故事成語「尾を塗中に曳く」は「おをとちゅうにひく」と読みます。 「尾」は普通に読めるところですが、「塗中」や「曳く」は私にとってなかなか難しい所でした。 あまり普段目にする文章に出てこない言葉ですね。 「尾を塗中に曳く」の意味 「尾を塗中に曳く」の文字通りの意味としては「尻尾を泥の中で引く」ということになります。 「塗」という字は「泥」という意味を含む字なんですね。 文字通りの意味はそうなりますが、この故事成語は「待遇の良い位の高い立場におさまってしがらみで不自由な思いをして生きていくよりも、例えそれ程裕福ではなくても自由に生きていける方がいい」という意味になります。 亀が泥の中を尻尾を引いて歩く様子を、あまり良い環境ではないものの自由に生きている、と考えてそのように例えているわけですね。 スポンサーリンク 「尾を塗中に曳く」の由来 この故事成語が誕生するきっかけとなった話は中国の古典「荘子」(「そうじ」と読むことが多いそうですが「そうし」でも誤りではないようです)の秋水篇の中にあります。 書き下し文になったものを私なりに現在の言葉で以下に表現してみます。 誤ったところがあるかと思いますがご了承ください。 荘子さんがある時濮水(ぼくすい)という場所で釣りをされていました。 当時存在した「楚」という国の王様が国の偉い役人さんを二人、荘子さんのもとへ向かわせました。 荘子さんのもとを訪れた偉いお役人さんたちは荘子さんに「荘子様、どうか我が国で我々の為に働いてください。 お願いいたします。 」と言いました。 スポンサーリンク 荘子さんは釣竿を持ったままお役人さんたちのほうを向かずに言いました。 「私は聞いたことがあるのですが、あなた方の国、楚には神の亀なるものがあるそうですね。 その神の亀は既に死んで3000年も経過しているそうですが。 楚の王様はこの神の亀を布でくるみ箱の中に入れ王様の祖先の霊を祭る建物の上に大切にしまっておいているということです。 ところでこの「神の亀」と言われている亀は人に捕えられ死んだ後も骨となって残り人々から崇められることを望んだのでしょうか。 それとも人に捕えられず生きて海のほとりの泥の中で尻尾を引くことを望んだでしょうか。 」 荘子さんの話を聞いていた二人のお役人さん方は「捕えられて死んで神の亀と言われて人々に大切にされるよりも生きて泥の中で尻尾を引きずっていることを望んだのではないでしょうか。 」と言いました。 すると荘子さんは言いました。 「お行きなさい。 せっかくのお誘いですが、私は今ちょうど、泥の中で尻尾を引こうとしている所なのです。 」 以上のような話です。 スポンサーリンク 今回は「尾を塗中に曳く」という故事成語を取りあげてみました。 これまでの人生でこの故事成語を目にしたのは今回が初めてです。 取りあげてみた理由は由来となった荘子さんの話が興味深かったからです。 「仕官すると色々面倒な事がございますので、お断りさせていただきます。 悪しからず。 」というストレートな断り方でしたら面白みに欠けるかもしれませんが、亀のたとえ話を使ってお役人さんたちを納得させる展開となります。 亀にしてみれば上昇志向などあるはずもありませんから、捕まって殺されて占いに使われるよりは生きて自由でいたほうがいいに決まっていますよね。 荘子さんも社会的に高い立場で窮屈な思いをするよりも目立たず自由に生きることを望んだという話でした。 世の中には色々な人がいます。 社会的に見て尊敬される立場になりたいと思う人も当然いるでしょうから、荘子さんのような考え方の人だらけになってしまっては世の中が成り立たないという心配はおそらく無用なのでしょうね。 日々の仕事に忙殺されるような状況ですと荘子さんのような生き方、考え方というのは魅力的に映るのではないでしょうか。 このような価値観を知っておいても損は無いように感じました。 今回の記事は以上となります。 最後までご覧いただき誠にありがとうございました。 ご了承ください。 故事成語関連記事「故事成語『命長ければ恥多し』の意味や由来の話について」はです。 故事成語関連記事「故事成語『鼎の軽重を問う』の意味や読み方、由来について」はです。

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育てやすい花まとめ!初心者におすすめの一年草や多年草は?

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先日、窓から外を見ると 雨が降っていまして。 いやぁ~、日本人の感性ってすごいですね。 「 季節(春、梅雨、夏、秋、冬)」と「 雨の降り方」で分けてみましたよ。 あと、「 雨がつく男の子と女の子の名前」も少し紹介しています。 子供の名前に「雨」を付けたいママは良かったら参考にしてくださいね。 季節ごとの雨の名前と種類 「日本の 四季は美しいですよね~」 ということで、まずは「 季節ごと」に雨の名前と種類を分けてみましたよ。 「春夏秋冬」に「梅雨」も加えたので「五季」になっちゃいましたけど、気にしない(笑) 「春の雨」の名前と種類一覧 ・春時雨 はるしぐれ 春に降る時雨のこと。 時雨は晴れたと思ったら降りだし、降りだしたと思ったら止むを繰り返す定まらない雨のことです。 ・小糠雨 こぬかあめ ・ひそか雨・ぬか雨 春先にしとしとと降る霧雨。 ・桜雨、花の雨 桜の花にかかる雨。 桜が咲く3月下旬~4月上旬に降る雨のこと。 ・花時雨(はなしぐれ) 桜の時期に降る時雨のこと。 ・春霖 しゅんりん 3月から4月にかけて天気がぐずつく時期のこと。 春の長雨とも呼ばれます。 ・菜種梅雨 なたねつゆ 菜種の生る3月下旬から4月頃に関東よりも西の地域で天気がぐずつくこと。 ・春雨 はるさめ 3月下旬から4月頃にいつまでも降り続く地雨のようなしっとりした雨。 ・虎が雨 とらがあめ 旧暦5月28日頃にに降る雨。 由来は有名な仇討ちの話です。 曽我兄弟は5月28日に仇討ちを遂げますが、兄の曽我十郎は敵に切られ亡くなりました。 兄の恋人であった「大磯の虎」という遊女が虎御前で流す悲しみの涙が、命日に雨となって降るそうです。 スポンサーリンク 「梅雨の雨」の名前と種類一覧 ・卯の花腐し うのはなくたし 卯の花が咲く旧暦の4月から5月頃に降る雨。 ちなみに、この頃の曇り空を「卯の花曇」とも呼びます。 ・入梅 にゅうばい 梅雨に入ること。 梅雨は梅の実が熟す時期に降るのが由来となっています。 ・栗花落 ついり 、堕栗花(ついり) 梅雨入りのこと。 栗の花が散って落ちる頃に梅雨入りするのが由来です。 ・五月雨 さみだれ 梅雨のこと。 旧暦の5月に降る雨というのが由来です。 ・走り梅雨、迎え梅雨 5月の中旬から下旬にかけてのぐずついた天気。 ・送り梅雨 梅雨が明ける頃の雨の名前。 ・戻り梅雨、返り梅雨、残り梅雨 梅雨明け後に再び雨が降り続くこと。 ・空梅雨 からづゆ 、早梅雨(ひでりつゆ)、枯れ梅雨 雨の少ない梅雨のこと。 ・陽性の梅雨・男梅雨 雨が降る時は短時間に集中して降り、降らない時はすっきりと晴れている梅雨のこと。 ・陰性の梅雨・女梅雨 あまり強くない雨がしとしとと降り続く梅雨のこと。 「夏の雨」名前と種類一覧 ・青葉雨、翠雨(すいう)、緑雨 初夏に降る雨。 青葉をつややかに見せることが由来。 ・瑞雨(ずいう)、穀雨(こくう)、甘雨(かんう) 夏に穀物や草木を潤す恵みの雨。 ・喜雨(きう)・雨喜び(あまよろこび)・慈雨(じう) 夏の日照りが続いた後に降る喜びの雨。 ・夕立 ゆうだち ・白雨 はくう 夏の夕方に降る激しい雨。 ・洗車雨 せんしゃう 七夕の前日の7月6日に降る雨。 彦星(牽牛)が織姫に会う為、牛車を洗う水が雨になると言われています。 ・洒涙雨(さいるいう) 七夕当日の7月7日に降る雨。 「織姫と彦星が分かれた後に流す寂しさの涙」、あるいは「会う事ができずに流す悲しみの涙」とも言われます。 ・御山洗 おやまあらい 富士閉山の旧暦7月26日に降る雨。 多くの登山者で汚れた富士を洗い清める雨のこと。 ・半夏雨 はんげあめ 夏至から11日目の半夏生(はんげしょう)に降る雨です。 「秋の雨」の名前と種類一覧 ・秋雨 あきさめ)秋霖(しゅうりん)、秋湿り 8月下旬~10月にかけて降り続ける長雨のこと。 ・秋入梅(あきついり) 秋の長雨の季節に入ること。 「冬の雨」の名前と種類一覧 ・山茶花梅雨 さざんかつゆ 11月下旬~12月上旬の山茶花 さざんか が咲く季節にぐずつく雨のこと。 ・時雨 しぐれ 晩秋から初冬にかけて、ザーッと勢いよく降り、すぐにカラッと晴れる雨。 ・冬雨(とうう)、寒雨(かんう) 冬の冷たい雨。 ・氷雨(ひさめ) 晩秋から初冬に降る氷の粒が混じった冷たい雨。 ・凍雨(とうう) 氷が雨のように降ることです。 雪が雨に変わる時によく見られます。 ・寒九の雨 かんくのあめ 寒に入って9日目に降る雨。 豊年万作の兆しといわれます。 ・村時雨 むらしぐれ ひとしきり強く降っては通り過ぎてゆく雨のことです。 ・片時雨 かたしぐれ 空の片側だけ時雨が降り、片側は晴れている冬の天気。 ・横時雨 よこしぐれ 横殴りに降る時雨のこと。 スポンサーリンク 「状態を表す雨」の呼び名と種類一覧 ・豪雨(ごうう) 激しく大量に降る雨のこと。 ・驟雨 しゅうう ・俄雨(にわかあめ) 急に降り出す雨。 たいていは入道雲ができて雷と一緒に降ってきます。 ・宿雨(しゅくう)・長雨・霖雨(りんう) 連日降り続ける雨。 昨夜から降り続ける雨。 ・長雨(ながさめ) 長い時間、降ったりやんだりする雨のこと。 ・地雨 じあめ 数日しとしとと降り続ける雨。 梅雨に降る雨は地雨の事が多いです。 ・肘笠雨 ひじかさあめ ・肘雨 急に降り出した雨。 笠をかぶる暇がなく、肘を笠代わりにする様子が由来。 俄雨(にわかあめ)のこと。 ・天泣 てんきゅう 空に雲が無いのに雨が降ってくること。 「狐の嫁入り」「天気雨」とも呼ばれます。 ・篠突く雨 しのつくあめ 「篠」は細く集まって生える竹や笹の事です。 篠竹を束ねたものが落ちてくるような激しい雨のこと。 ・外待雨 ほまちあめ 局地的な範囲に降る雨。 近畿地方では「私雨」とも呼びます。 雨がつく男の子と女の子の名前は? 最後に「雨がつく男の子と女の子の名前」も少し紹介しますね。

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三重県津市の郵便番号一覧、住所・地名の読み方

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スポンサーリンク 蓮の花言葉は「雄弁」その意味を仏教的に考えて観る 蓮の花言葉の一つに、 :雄弁(ゆうべん) があります。 雄弁とは 「説得力のあり力強く話すこと」というのが、国語辞典的な意味です。 雄弁という言葉の意味には「弁が立つ」という意味も含まれているような気がします。 他にも、極楽浄土へ往生した際に生まれる場所が蓮の花とされているという意味からか 「神聖」という花言葉もあります。 また 「清らかな心」も蓮の花言葉であり、蓮には清らかなイメージが持たれています。 大乗仏教経典の 「維摩経(ゆいまきょう)」には、 :譬如高原陸地不生蓮華。 卑濕淤泥乃生此華。 (意味は「高原の陸地には蓮花は生えない。 汚泥の中からこそ蓮花は咲く。 」) とあります。 泥の中から咲く蓮の花は、泥の中にありながら清く美しく咲く、ということですね。 この辺りから、「清らかな心」「神聖」という意味が付随したのかな、と、蓮の花言葉の由来を思うたりしております。 そう思うと、本当に仏教縁の花だなあ、と感じるところであります。 さて、蓮の花言葉である「雄弁」ですが、仏教、特に禅・禅語を学んでいる人ならば、「蓮の花言葉で雄弁とはこれいかに」と思われる人もいらっしゃるのではないかと思うのです。 その理由の一つに、有名な言葉に 「雄弁は銀、沈黙は金」という言葉がありますが、この言葉を連想する禅語とまつわる話があります。 あなたは :拈華微笑(ねんげみしょう) という禅語をご存じでしょうか。 この話の内容は、こんな感じです。 お釈迦様が霊鷲山というところで説法中、蓮の花をつまんで高くかざされます。 そうすると、説法を聞きに来ていた衆生は、なんのこっちゃという感じで沈黙しておりました。 そんな中、摩訶迦葉(まかかしょう)というお弟子さんだけが、只一人にっこり微笑んだのです。 そこで、 「不立文字、教外別伝、摩訶迦葉に付嘱す」とお釈迦様が仰り、仏法を摩訶迦葉に伝承した、というのが、この「拈華微笑」の禅語にまつわるエピソードです。 ちなみに、この「拈華微笑」の話には、「正法眼蔵」「不立文字、教外別伝」「実相無相」といった仏教の言葉も出てきまして、仏教用語・禅語も複数同時に学べる話です。 「拈華微笑」は、文字や言葉と言った言語では伝えきれない事や、以心伝心を伝え教えている禅語です。 蓮の花が登場するこの禅語の話から、蓮の花言葉と花の意味が「雄弁」とはこれいかに、と思うこともあります。 だって、一言も発さず、蓮の花をかかげて、それに対して微笑んで、以心伝心がなされたという話ですからね。 もしかしたら「沈黙は時に雄弁よりも伝わる」というのが、蓮の花言葉である「雄弁」の意味なのかもしれません。 先ほど紹介致しました「 維摩経」では、 「維摩の一黙、雷の如し」 という言葉もあり、沈黙で語るという話も出て来ます。 「微笑みが雄弁に語っている、ゆえに沈黙は時として雄弁である」という捉え方や解釈も出来ますし、なんとも奥深い。 蓮の花言葉「雄弁」の意味とその解釈は、色々と考えさせて頂ける花言葉です。 スポンサーリンク 蓮の花言葉「雄弁」の意味をもっと仏教的に深掘りしてみる 蓮の花言葉「雄弁」は、国語辞典的な意味や、仏教的な考え方による意味の捉え方をしてみました。 「雄弁は銀、沈黙は金」という言葉は西洋の人が発された言葉ですが、「拈華微笑」の話とも共通する部分が観えます。 卑近な例を挙げると、雄弁に語る営業よりも、沈黙する時間が多い営業担当者の方が、営業成績が良いという話もありますからね。 雄弁さが時として「言葉が過ぎる」という事例もありますし、確かに「沈黙は金」となる場合・ケースもあるでしょう。 ただ、 私は「雄弁が沈黙に劣る」とか「ただ、黙っていれば良い」という意味に解釈してしまうのは早計だと思うのです。 このあたり、言語哲学を学んでいる人でしたら、 ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインという哲学者の、有名な言葉と絡めて考えられるでしょうか。 ウィトゲンシュタインさんは、こう仰っています。 「語りえないことについては、人は沈黙せねばならない」 語り得ぬ事であるのに、べらべらとしゃべっている人にとっては、耳の痛い格言です。 聞かれてもいないのに、プロフィールを自慢で飾り立てたり、生徒の実績自慢をしているコンサルタントを自称する似非コンサルタントなる我利我利亡者や餓鬼共は、戒めとして毎日音読すべき格言でありましょう。 ただ、「雄弁が沈黙に劣る」と、この言葉からも解釈出来そうですが、それとはまた違うであろう、と私は頂いております。 これは、 言葉を大切にしているからこそであったり、言葉では語り尽くせない、言語化すると必ずどこかで言い損なう、という気づきと共に、それでも語らねば伝わらないもどかしさを考えると、見えてくることが御座います。 仏教では、以心伝心の大切さや、言葉で伝えきれない事があると言う事を教えてくれています。 言語による分別なり境界線を引くことを戒める教えが、特に禅では観られますし、瞑想や坐禅などからも窺える教えなり世界観が読み取れます。 ここで注意したいのは、これはただ黙っていれば良い、とか、言語を疎かにしているという事ではない、ということです。 浄土宗のお坊さん、井上広法さんは「ぶっちゃけ寺」で、 「仏教は言語も大切にしている、御経や経典が多いことからも窺える」 という話を、伊勢神宮の回で仰っていました。 仏教は言語で伝える事や、言葉を尽くそうとする事を大切にしている事は、私も日々感じております。 教えを言語化したり伝えるために言語に挑戦し続けて、その上で、どうしても伝えきれない事がある、それが伝わるのが 「以心伝心」や 「不立文字、教外別伝」だと、私は思うのです。 決して言語化・言語への挑戦を疎かにしたり、言葉を軽んじているわけではない、そのように「拈華微笑」という禅語と、蓮の花言葉「雄弁」の意味を頂いております。 個々の感覚や個別的・絶対的な部分伝えるため、言語で伝える事に力を尽くすけれども、言葉では伝わらないことも察しておくこと、蓮の花言葉「雄弁」から、そのような意味を私は見出しております。 蓮の花に関する仏教の言葉(仏教用語)を少しだけ紹介 蓮の花言葉「雄弁」の意味について、なんだかまとまりのない話になってしまいました。 最後に、蓮の花に関連した仏教の言葉、仏教用語やまつわる話を少しお話しして、締めくくらせて頂きます。 あなたは 「一蓮托生(いちれんたくしょう)」という言葉と、その意味をご存じでしょうか? 参照: 「一蓮托生」というと、現代ではあまり良い意味に使われていない印象があります。 例えば、仕事でヘマをやらかして、上司に怒られることが確定した場合、同僚から 「ここまできたら一蓮托生だ、俺もお前と一緒に上司に怒られてやるよ。 」 と、言われるようなときに使われますね。 一蓮托生は、なんだか良からぬ事に巻き込まれるような、そんな印象がある言葉として使われるようになりました。 「一蓮托生」の意味は、 :極楽浄土に往生した時、同じ蓮の花の上に生まれること です。 本来の仏教語・仏教用語としての「一蓮托生」が、あまりよろしい印象を持てない現代の意味へ変遷していったのか。 臨済宗の僧侶で作家の玄侑宗久さんの本では「一蓮托生」のさすらいについて言及されていますから、興味がある方は読まれると良いでしょう。 価格:820円(税込、送料無料 「さすらいの仏教語」という本です。 また、 浄土三部経の一つ 「仏説阿弥陀経」には、4色の蓮の華が出て来ます。 赤蓮華・青蓮華・黄蓮華・白蓮華と、何とも色鮮やかな光景が目に浮かんでくるものです。 その他、仏教と蓮を見渡してみると、日蓮聖人は名前に蓮の華をお持ちですし、日蓮宗と言えば 「南無妙法蓮華経」ですが、そこにも「蓮華」がありますね。 蓮の花言葉とその意味始まり、蓮の華を辿る仏教の旅をしてみるのも、風流な夏の旅、7月の旅ではないでしょうか。 京都には、蓮の華が7月に見頃を迎えるお寺もありますから、脚で蓮の花を巡る旅というのも、また夏の風流だと思うております。

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