眞野あずさ 姉妹。 眞野あずさの若い頃や旦那・娘(子供)は?姉妹や現在についても!|Happy Days

眞野あずさの現在!元旦那と子供や離婚原因・姉妹を総まとめ

眞野あずさ 姉妹

女優の(61)と(56)、芸能界屈指の美人姉妹がドラマで初共演することが1日、わかった。 姉・響子の代表作といえば、『御宿かわせみ』や『ちゅらさん』(どちらもNHK)など。 妹・あずさの代表作には『はぐれ刑事純情派』(テレビ朝日)や『刑事吉永誠一・涙の事件簿』シリーズ(同局)など。 二人とも数多くのドラマや映画に出演している。 そんな姉妹が昨年、舞台で共演を果たし、今度はドラマで初共演。 あずさは「クランクイン前は、多少不安もありましたが、とても楽しい仕事でした。 自然に芝居ができ、台詞も普段のように話せました。 驚くほど楽でした」。 一方、響子も「すごくやりやすかったです。 なにしろ、ほかの俳優さんのように『初めまして、よろしくお願いします』がなかったですから」と、さすがに姉妹、息もぴったり。 今回のドラマで、あずさが演じるのは、「マトリ」と呼ばれる麻薬取締官の神木亜希子。 覚せい剤中毒の通り魔に両親を殺された経験から、麻薬を憎み危険を伴う「マトリ」の仕事に使命感を持って取り組んでいる、一人娘を持つシングルマザー。 そして、そんな亜希子を心配し見守っている警視庁捜査一課刑事の姉・三杉奈津子を響子が演じる。 違法な麻薬の流通と犯罪、そこに殺人事件が絡んでくるストーリー。 ドラマのみどころは、ズバリ、姉妹で犯人を挙げるところ。 「阿吽の呼吸といいましょうか?普段仲が良いのがよく表れています」(響子)。 「双子ではないかとの噂もある、姉妹の共演。 観終わってから皆様区別がつくようになってくれますでしょうか?」(あずさ)とアピールしている。

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真野響子・眞野あずさ 姉妹対談「母の介護はきょうだい3人で。初めての姉妹ゲンカも経験して」

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眞野あずさ「ペケポン」で高飛車バレた?!結婚破綻の原因は? 眞野あずさ「ペケポン」で高飛車バレた?詳細はいかに? 眞野あずさは以前、バラエティー番組「ペケポン」に出演した時、盛り上げようと努力しているレギュラー陣を尻目に露骨につまらなさそうな顔をし、ネットでたたかれていました。 そこで「眞野あずさは高飛車で性格が悪い!」というイメージがついてしまったのですが、実際のところどうなのでしょう? 眞野あずさの本来の性格は、とてもおっとりしていて穏やかなのだとか。 そのため、「ペケポン」でつまらなさそうな顔をしていたのは、テレビ制作者側の演出なのでは?という声も一部で上がっているようです。 どうやら眞野あずさが高飛車で性格が悪い、というのはデマのようです。 眞野あずさ、16年連れ添った夫との結婚破綻の原因は? 眞野あずさは、1989年に10年間交友関係にあったコンピューター会社に勤める一般男性と結婚しましたが、16年連れ添ったのちの2005年に離婚しています。 知り合ってから26年にもの長い付き合いの夫と、なぜ結婚破綻するに至ったのか、世間は興味津々。 しかし、離婚当時、取材に対して、眞野あずさの事務所が発表したコメントは「プライベートなことは一切お答えできません」のみでした。 そのため、真相は闇の中ですが、離婚してから3年後の2008年、夫のほうは突如再婚しています。 離婚から3年。 新しく出会った人と結婚までいたるにはやや短い気がしないわけでもないので、ひょっとしたら、16年も連れ添った夫の再婚が、眞野あずさとの結婚破綻の原因になっているのかもしれません。 眞野あずさ・真野響子は美人姉妹女優!共演ドラマ「マトリの女」あらすじ感想 眞野あずさ・真野響子は全く性格の違う美人姉妹女優! 眞野あずさのお姉さんといえば、同じく女優の真野響子。 2人は顔がとてもよく似ているので、双子なのではと思ってしまうくらいの美人姉妹ですよね。 しかし、眞野あずさと真野響子の性格は正反対なのだそうです。 眞野あずさはおっとりとした性格なのに対し、姉の真野響子はしっかりとした性格。 性格が真逆だからこそ、眞野あずさと眞野あずさはとても仲が良いといわれています。 ちなみに眞野姉妹には一番下に一般人の弟がいて、母親が病気で入院した時は、3人がお互いの休みに交代しながら看護をしていたのだとか。 姉弟が仲良く、母親思いの眞野あずさ。 やっぱり性格が悪い人ではなさそうです。 眞野あずさ・真野響子共演ドラマ「マトリの女」あらすじ感想 眞野あずさと真野響子は2014年に放送されたミステリードラマ「マトリの女 厚生労働省 麻薬取締官」で初の姉妹共演を果たしました。 当然2人は姉妹の役で、麻薬取締役管として働く眞野あずさと、その姉で警視庁捜査一課の刑事役に真野響子というキャスティングでした。 「マトリの女」のあらすじはというと、麻薬取締官である亜希子(眞野あずさ)は、捜査で確保した麻薬の売人から、「ER」とされる人物をネタ元と割り出します。 その後「ER」とされる人物が判明し、監視と調査に乗り出しますが、その人物は死体で発見されて……というもの。 このドラマの見どころは、やはり眞野あずさと真野響子の共演。 2人の普段の仲の良さがテレビを通じても分かるくらい息ぴったりの演技を見せてくれました。 2014年の放映から2年あまり。 そろそろ続編が期待されるところです。 眞野あずさは清楚でおっとりのお嬢様女優。 しかし過去には壮絶不倫の経験も! 眞野あずさが、2003年からテレビ朝日系の2時間ドラマ「土曜ワイド劇場」でシリーズ放送されている「検事・朝日奈耀子」シリーズ。 2016年4月9日には、17作目として「検事・朝日奈耀子17医師&検事~2つの顔を持つ女~」が放映されました。 9日の放映に先駆けて、眞野あずさは、4月8日放送の「徹子の部屋」にゲスト出演していましたが、ここでは「ペケポン」で見せたような高飛車態度ではありませんでした。 もちろん、芸能界一の大御所といってもいい黒柳徹子の前ですから、当たり前といえば当たり前かもしれませんが……。 「徹子の部屋」での眞野あずさは、イメージ通り、おっとりとしていて清楚な雰囲気を持った女優さんそのものでした。 おっとりおだやかしているお嬢様、そんなイメージの眞野あずさですが、結婚直前までの3年ほど不倫関係にあったことも。 お相手は「月曜から夜ふかし」ですっかり有名になった、プロ棋士・桐谷広人7段の師匠である米長邦雄。 眞野あずさは、米長邦雄が表彰される式で壇上に上がり、公衆の目の前でキスをしたのだとか。 その後、米長邦雄は、奥さんと別れて眞野あずさと一緒になろうとしますが、奥さんは猛反対。 結局2人は破局し、その直後、眞野あずさは他の男性と結婚したのです。 なんだか意外な一面でびっくりしましたが、そんな過去も演技の肥やしにして、今後もたくさんのドラマに出演されることを期待しています。

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眞野あずさの若い頃や旦那・娘(子供)は?姉妹や現在についても!|Happy Days

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2019年4月に母を亡くした真野響子さん、眞野あずささん姉妹。 それぞれ女優として活躍しながら、家族で毎日分担を決め、母の世話をしていたといいます。 本日の『徹子の部屋』の総集編「家族の絆『きょうだい』編」に登場したお二人。 通院から自宅介護と実家通いまで、過酷な日々もあったと笑顔で語りあった、5年前の対談を再配信します。 13年前に父が亡くなってから、母は実家で弟とその娘と3人暮らし。 80歳をすぎても家事のほとんどをこなし、リュックを背負って散歩するのが日課の、元気な人だったんだから。 あずさ 持病の検査で月に1度の通院につきそうのは、私たち姉妹の役目。 それが5年前のある日、電話で話していると様子がおかしいので、私が診察の予定より早く病院に連れて行ったの。 血圧が高く、画像検査で「脳梗塞を起こしている」と説明を受け、そのまま入院することになったのだけれど。 響子 信頼する主治医のいる病院だったのに、これが……。 あずさ 脳梗塞の治療のため、点滴を受けたまま病室を出られず10日間。 次第に母は意識がもうろうとしてきて、どこにいるかもわからなくなってしまい、薬が増やされる。 響子 そのうち左半身がマヒしてきて、どんどん症状が重くなっていき、私たちも「おかしい」と思い始めたわ。 あずさ 10日目の夕方、医師に「緊急手術が必要だ。 信頼できる病院を手配してあるので、すぐ決めてくれ。 難しい手術になる」と言われて。 手術を受け入れなければ退院せねばならず、きょうだい3人で相談した。 手術はしないと決めて翌日、母を病院から一番近い私の自宅に連れて帰ることに。 母は自力で歩くことも食べることもできなくなっていたわ。 響子 あのとき連れて帰ると決断したからこそ、この5年間、母との思い出を重ねることができたわね。 だけど、介護のイロハも知らないのに、無謀だったかしら、私たち。 (笑) あずさ 布団から落ちてしまった母を、どうやって戻したらいいかもわからなかった。 下手に動かして骨折させたらと、おろおろするばかり。 響子 介護関係のパンフレットを見て、私が行政の相談窓口に電話をしたのよね。 そうしたら親切に「シーツに乗せて、ずらすように戻せばいいですよ」と教えてくれた。 介護にたずさわる人たちの温かさ、優秀さに触れて感激したのはそれが最初。 初めての姉妹ゲンカ あずさ 翌日、地域のケアマネジャーを決め、介護ベッドや入浴サービスの手続きなどをしてもらった。 それでも、母の食事作りやケアに明け暮れ、私の体重は1ヵ月で4キロ減。 響子 私も泊まり込みで、母の隣に布団を敷いて。 本当に大変だったわ。 あずさ わが家は2階が生活空間。 1階にいる母が不安がって日に何十回もチャイムで呼ぶ。 そのたびに下りていき、笑顔で応えるの。 響子 寝不足のひどい顔で仕事へ行ったこともあった。 あずさ 疲れて注意力が散漫になり、お鍋を何回も焦がしたし、通ってくれた弟も含め、3人とも車をぶつけてしまって。 (笑) 響子 私はもともと粗忽者だけど、緻密なあなたがそんな失敗をするなんて、よっぽど疲労が溜まっているんだと思った。 何より驚いたのは、姉の私に逆らったこと!(笑) あずさ ケンカしたのは初めてじゃなかった? 響子 でもあなたの機転に助けられたわ。 久しぶりに外へ食事に出ようと提案して、母に話してくれたわね。 母も「行ってらっしゃい」と送り出してくれて。 正味45分くらいだったけれど、大好きなレストランで食事しながら二人で話をしたら、だいぶ楽になった。 あずさ 母がこちらを気遣ってくれるまでに意識が回復してきたことも、嬉しかったわね。 響子 そういえばあの頃、母の隣で私が一人芝居の『夢十夜』の台本を読んでいたら、聞いていた母が泣いたり噴き出したり。 ちゃんとわかって反応しているのだと感動したのよ。 あずさ 心身ともに過酷な毎日だったけれど、母は介助されて立つことも、自分で食事をとることもできるようになった。 日々のささやかな回復が、大きな喜びだったわね。 複数の矢があるから、私たちも強い状態でいられる 響子 退院から1ヵ月後にはあなたに2時間ドラマの撮影の予定が入っていて、母は弟たちのいる実家に戻ることになったのよね。 あずさ 弟は仕事、姪も学校があるので、私たちが交代で泊まりに行って。 響子 往復2時間、疲れた状態で車を運転したり、渋滞を避けてラッシュ時の電車を乗り継いだり。 これもなかなかしんどかったけれど、母にとっては住み慣れた自宅だもの。 弟が母の移動範囲に手すりをつけ、リハビリも進んだ。 歩行器を使って長い時間、外を散歩できるまでになったわね。 あずさ でも、寝て楽をしていたかった母を起こしてリハビリを頑張らせたのは、酷だったかと思うの。 響子 どうして? あんなに回復したじゃない。 あずさ そのまま良くなってくれていたらね……。 だけど、退院して1年後、ショートステイで泊まっていた施設でふたたび発作が起こって。 母の努力が無駄になってしまったようで、申し訳なかった。 響子 あなたは昔から生真面目に考えすぎるから。 私としては、自分たちのできる範囲のことは、しっかりやってきたつもり。 その後、いまもお世話になっている病院のリハビリ病棟から、介護型療養病床へ移って。 この3年、往復4時間かけて毎日必ず誰かが母のもとへ顔を出しているのだもの。 こんなにしつこい家族、うちくらいじゃない?(笑) あずさ 弟は週のうち2日。 残りの5日を姉と私、それから母の3歳下の妹である叔母の3人でスケジュール調整して。 響子 二人の舞台共演で誰も行けない日が数日続いたら、母の状態がとても悪くなってしまったのよね。 弟が「こんなにも家族が来ることが大事だったのか」と驚いていたわ。 あずさ 病院に家族4人が交代で顔を出しているのも、母には毎日違った刺激になっていいのかもしれない。 私たちの知らない昔話を母にしてくれる叔母にも感謝ね。 響子 三本の矢ではないけれど、複数の矢があるから、私たち自身も強い状態でいられる。 あずさ 介護する家族は互いに思いやりを持って支え合わないと、共倒れになってしまう。 そんな恐怖心みたいなものもあるわね。 響子 そう、家族の間の思いやり。 一人ではきっと耐えられなかったと思うわ。 一斉メールで情報を共有 あずさ 日替わりで行く4人の間のコミュニケーションは、主にメール。 「今日のママの様子はこうだった」と送信すると、ほかの3人から返事が来るの。 響子 返事が来ないと「忙しいのかな」と思う。 母の状態が細かくわかるし、できなかったことの申し送りもできる。 私と弟は用件だけの電報みたいな文面が多いけれど、あずさのメールは母の様子が手に取るようにわかるほど細かくて丁寧。 82歳の叔母のは、ユーモアたっぷりで文学的だから読み応えがある。 あずさ 今年は桜がきれいな日に主治医の先生から散歩の許可を得て、母とお花見ができたのよね。 それを写真つきで送ったら、「自分も見せてあげたいと思っていた」「連れて行ってあげてくれてありがとう」と返信をもらって、とても嬉しかったのよ。 響子 いつも母が楽しみにしてくれているのが、私たちの朗読。 若い頃から読書家だったから始めたの。 あずさ いまは「これが読みたい」と、リクエストされることも。 響子 私が一番いいと思ったのは、母が昔、私たちに読んでくれた童話集。 実家にある本を弟が持ってきてくれて。 宮沢賢治の『よだかの星』、浜田廣介の『泣いた赤鬼』は、必ず母は最後に泣いてしまうのだけど、「また読んでね」と言われる。 あずさ 小川未明の『牛女』を読んだとき、母が「私と同じ」とつぶやいたのよね。 可愛がって育てた息子のことを案じて、死んだ後も故郷の雪山の山腹に姿を見せる母親のお話。 響子 それをメールに書いたら弟が「読んでみたいから本がどこにあるか教えて」と言ってきて。 息子の立場で読むときつい話だから、読んだ弟は「すごくつらかった」と。 だから、「母親というのは黙っていてもいつも子どものことを考えているもんよ」とメールしてあげたの。 こんなに頻繁にやり取りをするのも、介護が始まってから。 きょうだいの絆が深まったことを感じるわね。 あずさ 東日本大震災の復興支援のため、二人で朗読劇の舞台に立つようになったのも3年前から。 響子 2年前には、初めての二人芝居もやったわね。 親への感謝を示すのに、同じ仕事をしている私たちだからできることは何だろうと考え、温めてきた長年の夢だった。 あずさ 父に観せることは叶わなかったけれど、母は病院から外出許可をもらい、弟がつきそって介護タクシーで観に来ることができたの。 響子 終演後に母を知る人たちが車椅子の周りに集まって、再会を喜んでくれた。 「あら、主役は私たちなんですけど」と思ったくらい。 (笑) あずさ 母は昔から優しくて独特のユーモアがある人気者だったもの。 いまでも「今日来た私は誰?」と聞くと、わざと叔母や姉の名前を答え、反応を見て笑ってるのよ。 響子 「誰と誰が結婚するらしいけど、どう思う」と聞くと、「やめたほうがいい」とピシャリ。 これが、けっこう的確なんだから。 (笑) あずさ そう、アドバイスをもらうこともあるわ。 母と過ごす時間は私にとって、とても貴重。 やはり、私たちは母に生きていてほしいのね。 響子 私も母のそばにいるほうが精神状態がいい。 入院した頃は、家に帰ってから、病院に母が一人でいることを思うとつらくて唸っていたもの。 でも、私が苦しむのを母は喜ばないだろうと考えるようになってきたわ。 あずさ 私は倒れるまで突っ走ってしまうタイプだから、プロに任せて自分の時間を持つことも大切ね。 響子 そう。 介護をする人が、心身ともに元気でいることが一番。 そうでないと、良い介護はできないもの。 あずさ いまの病院は、先生もスタッフも本当に良くしてくださって、いつも頭が下がる思いよ。 「無理かな」と思う希望でも相談してみると、私たちの思いを汲んでやりくりしてくれる。 響子 私は、介護の仕事は報酬でも待遇の面でもっと恵まれた職業になるべきだと思うの。 ところが母の介護が始まってから5年、介護や看護の環境が厳しくなってきていることが、腹立たしくてならない。 国の方針が何とかならないものかと思うわ。 過去にはいろいろあったけれど あずさ 母の言葉で一番多いのは「ありがとう」と「ごめんね」。 母の感謝の思いを感じるから、私たちは幸せね。 穏やかで優しい気持ちになれる。 抑制が利かず暴力や理不尽な言動が出てしまうケースもあると聞くわね。 将来、私たち自身、どういう性格が出るか、怖いわ。 (笑) 響子 怖い。 幸(ひとり娘で女優の柴本幸さん)に私はどう見えるのか。 私たちの世代は介護はプロに任せたいと思う人が多い。 実際、子どもの数も少ないしね。 娘には「将来、親のことで決断するとき、自分が決めたことは神様が決めたのだと思って、悩まないようにしなさい」と言ってあるの。 それにしても、母になってみて母の偉大さがわかったわ。 あずさ 「毎日交代で病院に介護に行くなんて、よほどいいお母様だったのね」と言われる。 もちろん過去にはぶつかったこともあるけれど、つらい思い出は消えているね。 響子 私だっていろいろあったわよ。 言いたいこともたくさんある。 「ママ、どうしてもっと自分の体を大事にしなかったの」とか。 父や弟が帰ってくるのを起きて待っていないで寝ていれば良かったのに……。 だけど、昔のことはもう関係ない。 あずさ 育ててもらった恩返し、ではなくて……いま、また母から恩を受けているわね。 響子 意味があるのよ、きっと。 母が生かされていることに。

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