チェッカーズ nana。 チェッカーズの「NANA」

NANA (曲)

チェッカーズ nana

独断と偏見、名曲ランキングベスト3 さて、数々のヒット曲を発表しているチェッカーズだが、 名曲ランキングを紹介しよう。 これは、チェッカーズがテレビに出始めてから、解散するまで、 その存在を見守ってきた、私の独断と偏見で決めたいと思います。 後半はカラオケのジョイサウンドで皆んなに歌われている、 チェッカーズの曲で人気の曲を紹介します。 チェッカーズ名曲ランキング第3位「 涙のリクエスト」 出典:goo. — Cafe de Eslava えすらば🍰🍫🍮カフェ・ド・エスラバ esplover 私が子供の頃にチェッカーズの事を認識したのが、 この曲を歌うチェッカーズだ。 この曲はチェッカーズが発表した曲の2曲目で (1曲目は、ギザギザハートの子守唄) この曲が当時大ヒットした事を記憶している。 この曲で、チェッカーズカッコイイ!という人気が出た。 で、もっとチェッカーズの曲を聞きたい! という事で、ギザギザハートの子守唄を知ったという感じだ。 当時、チェッカーズの曲は涙のリクエストしか無いのかよ! と思ったものである。 チェッカーズ名曲ランキング第2位「Song for U. A」 出典:goo. いつも愛たくなるぜ! フミヤ愛しても決して言えない 言葉。。。 フミヤを愛してる!! ファンも一緒だな! バックのスターアメリカ国境。 何故かチェッカーズの曲を思い浮かべると、この曲名が思い浮かぶ。 何故かと考えた時、当時中学2年生の私は、 中学校の行事で林間学校に行った。 その時、林間学校の行事で皆でオリジナルTシャツを作った。 無地の真っ白なTシャツに皆で筆で着色して、 絵や文字を書いた。 その時、サルみたいな顔をした友達が、 TシャツにSong for U. Aと書いていた。 なので覚えていたのだ。 (どうでもいい話でした) チェッカーズ名曲ランキング第1位「ギザギザハートの子守唄」 出典:goo. その替え歌はとても卑猥(ヒワイ)な内容だった。 ここでは詳しくは書かないが、それ程この曲はカラオケなどで当時歌われていた、 有名な曲なのである。 さて、当時チェッカーズが大好きだった人達に話を聞いてみた。 当然女性という事になる。 では、早速紹介しましょう。 カラオケ人気ランキング という事で、私の独断と偏見のランキングが終わった所で、 チェッカーズの歌で、最もカラオケで歌われているランキングを、 発表したいと思います。 2番の詩が好きなんよ。 人生で初めて「結婚したい!」と思ったのが藤井フミヤさんです。 それまで男性アイドル といえばジャニーズ、 そしてジャニーズはほんのりダサいと中学に入ったばかりの時には感じはじめていて、 あまりジャニーズファンはアピールしたくないものでした。 そんな時に彗星のごとく現れたのがチェッカーズです。 バンドといえばルックスはちょっと…のはずが、 チェッカーズは全員カッコよく見えました。 前 髪は伸ばしましたよ、やっぱり。 そのあと部分的に残してカットしました。 今思えば上下チェックなど絶対にしてはいけないコーディネートなんでしょうが、 そ の時は「絶対にチェックの服しか着たくない。 」こう思い込んでいるほどだったのです。 全員カッコよく見えたチェッカーズの中でも、 まるで王子様のように見えたのが藤井郁弥さんでした。 背は低くてもスタンドマイクでのアクションはカッコよく、 音楽もアイドルの歌とは全く違って聞こえました。 チェッカーズのコピーバンドを友達と組んだのも、 「この後デビューして、郁弥に近づけるかも!!」 と 今思えば何もかも間違っている動機でした。 バンドの人たちの雑誌も当時よく出ていて、 アイドルはその雑誌には登場しないけれど、チェッカーズと吉川晃司さ んは出ていました。 チェッカーズといえば、ベストテンです。 最初はカセットレコーダーしか持っていなかったので、 テレビの前にレコーダーを置き、家族がしゃべろうものなら怒 りまくりでした。 「私の郁弥の邪魔をしないで!!」 その後チェッカーズを何度でも見られるようにビデオを買ってもらいました。 ビデオをセットして、ランキ ングを待ち続け、 チェッカーズが登場すると録画スタートです。 ベストテンでは歌の前にトークとか一芸披露などがあるのですが、 郁哉さんは料理関係のアルバ イトをしていたらしく、包丁さばきが見事でした。 「こんなになんでもできる人は、他にいないかも!」 その後チェッカーズのヒットは続いていましたが、 雑誌で見かけた他のバンドにも興味を持ち、 今度はチェッカーズがほんのりダサいと感じ始めてしまいまし た。 やがて彼らは解散してしまい、 フミヤはいきなりのソロ活動でもヒットが出たのですが、 その時は結婚しようと思っていたことも遠い過去になってしまって いました。 アートでの活動などもチラチラと見かけてはいたものの…。 今は歌に加えてナチュラルなライフスタイルを提示していくような、 そんなアーティスト になっていますが、割と黒く暗い歌も歌っていたところを復活しないのかな… なんて期待しています。 チェッカーズが大好きでした 昔大好きだった芸能人と言って思い浮かぶのは、 チェッカーズです。 一番最初にテレビで見たときは 「何だか田舎臭いお兄ちゃん達がデビューしたなあ」 と思っていましたが、 デビュー当時にメンバーがおそろいで着ていた、 チェックのロングコート(ロングシャツだったかな?)は、 さりげなくチェックしていました。 案の定チェックは流行しました。 チェックのパンツ、チェックのシャツ、 チェックのロングコートに、 チェックのベレー帽の若者達が街を闊歩していました。 でも、彼等がチェックを着ていたのは最初だけで、 すぐに革ジャンになりました。 でも、それはそれで、格好いいから不思議です。 出す歌も次から次にヒットしました。 私の友達とかは、それぞれ好きなメンバーがいて、 その人達の事を熱く語っていましたけど、 私は特に好きなメンバーがいた、 というよりは、チェッカーズそのものが好きでした。 出す歌も本当に大好きで、 キーが低いので声は出ないのですが、 よくカラオケで熱唱していました。 もし私が男性だったら、 きっとチェッカーズのメンバーのファッションとか、 生き方とか、お手本にしたと思います。 そういえば、彼等の福岡弁も魅力でした。 東京で福岡を貫く! みたいな所がまたたまらない魅力でした。 ギザギザハートの子守唄、 ジュリアにハートブレイク、ソングフォアUSA、 ワンダラー、ワンナイトジゴロ、 よく歌った歌を思い起こせば、限りなく出てきます。 チェッカーズが解散して、フミヤがソロデビューしてからは、 次第に聴かなくなってしまいました。 ドラムをしていたクロベエが亡くなった時には、 すごいショックでした。 その訃報を、私は仕事中に聞きましたが、 ショックが強すぎて、 その後の仕事は手に付かなかったのを覚えています。 その時に、解散の裏に隠されていた、 メンバー同士の確執を知った時にも、またダブルでショックでした。 この前、本当に久しぶりにマサハルをテレビで見ましたが、 確かに年はとっていましたが、あの頃を思い出して懐かしく思いました。 チェッカーズの歌は、 私の若い頃のいろんなシーンで流れていました。 言うなれば、私の青春そのものでした。 今、中古のCDショップに行った時に、 チェッカーズのCDを探す事があります。 なかなか見付からないものです。 デビュー当時のものを探すのですが、ないですね。 今、デビュー当時のチェッカーズの歌を聴いたら、 頭の中だけ、いっぺんにあの頃にタイムスリップしてしまうかもなあ、と思います。 芸能人の記事のまとめページ (スポンサーリンク) 関連記事 関連記事: 関連記事: カテゴリー•

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鶴久政治、チェッカーズの“確執騒動”振り返る「あれはショックでしたね」― スポニチ Sponichi Annex 芸能

チェッカーズ nana

別れの春を象徴するチェッカーズのセツナソング 春、特に今の時期のヒットソングと言うと、どうしても卒業ソングがイチバンに来てしまいます。 春は旅立ちの季節… と同時に別れの季節ということを反映してという事でしょうか。 前作「NANA」に続く自分たちの手による作品 前年1986年6月の「Song for U. 」までは、シングルと言ったら売野雅勇、芹澤廣明っていう、ブレーンソングライターの曲が続いていたチェッカーズだが、その前曲「NANA」からは、シングルも自ら作詞作曲を始める。 この曲は「NANA」に続いての自分たちの手による作品。 「NANA」以前は、ブレーンのソングライターによって、バンドの性格自体作られていたという部分も否めなかったんですよね。 ごく初期は、アイドルバンドとして、そして85年頃からは GS の再来的ニオイが強いバンドに… って具合に。 いずれにしろお仕着せ的なところ感は強かったし、デビュー5年目ということで迎えようというときに、そういうお仕着せなところにもが窮屈になってきた部分も強かったのでは… と思う。 広がるチェッカーズの世界観。 これ以降、別れの曲が増えた? その辺りが端的に出てきたのが、この「I Love you, SAYANARA」ではなかったかなぁ。 というものの、歌詞が問題になり NHK では放送禁止になっちゃいましたが… でも、「これぞ、自作だ!どうだ!」っていう彼らの自信が見えたのは、この曲からだと思いますね。 だからかなぁ、ラフな音の中にも、感情が入っていた気がする、フミヤのボーカルにも。 これで味をしめたというわけでもないだろうけど、この曲以降、別れの曲が増えた印象があるチェッカーズだったりする。 たとえば、88年の「Jim&Janeの伝説」とか。 加えて同じく87年の「Blue Rain」や89年の「Room」などのブラックで重いマイナー系の曲も増えた印象が強いなぁ。 でも、そういう曲調の幅が広がったという面も含め、個人的には自作になってからのチェッカーズのほうが好きな曲が多いですね。 もっとも「NANA」の時は、初めての自作という事もあってあまりチャートにはこだわらなかったかもしれない。 それでも結果はオリコン最高2位。 同じ1987年3月16日付初登場には、少年隊「Stripe blue」がいた。 「I Love You, SAYONARA」の3月5日リリースに対して、「Stripe blue」のリリースは3月3日。 「Stripe blue」の初動売り上げ9. 9万枚に対して、「I Love You, SAYONARA」の初動売り上げは9. 6万枚。 リリース日2日のずれの差がそのままチャート初登場の順位の差になった… と言っても過言ではなかろう。 悶々と過ごした青春の日々… 心に刺さったフミヤのボーカル 自作になった以降のチェッカーズの曲が好きだったという理由に、あの当時の個人的な人生的な背景もあるな。 当時17歳。 当時はと言えば、相変わらず音楽三昧の日々ではあったものの、大学受験への不安が日に日に強くなってくる。 今のこの状況から抜け出したい。 そんなことばかり考えていたような中で刺さった1曲。 今聴くと、あのころの悶々とした日々の記憶が鮮明に甦ってくる… そんな1曲なんだよなよね、ワタシにとっては。 今から33年前の春。 青春は遠くになりけり… だなぁ。 そして、オリジナルメンバーでは永遠に聴けなくなったチェッカーズの曲が、妙に遠い時代の曲のようにも思えたりする今日この頃… ですね。

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藤井フミヤさんがチェッカーズ時代中森明菜さんにホレていたという報...

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別れの春を象徴するチェッカーズのセツナソング 春、特に今の時期のヒットソングと言うと、どうしても卒業ソングがイチバンに来てしまいます。 春は旅立ちの季節… と同時に別れの季節ということを反映してという事でしょうか。 前作「NANA」に続く自分たちの手による作品 前年1986年6月の「Song for U. 」までは、シングルと言ったら売野雅勇、芹澤廣明っていう、ブレーンソングライターの曲が続いていたチェッカーズだが、その前曲「NANA」からは、シングルも自ら作詞作曲を始める。 この曲は「NANA」に続いての自分たちの手による作品。 「NANA」以前は、ブレーンのソングライターによって、バンドの性格自体作られていたという部分も否めなかったんですよね。 ごく初期は、アイドルバンドとして、そして85年頃からは GS の再来的ニオイが強いバンドに… って具合に。 いずれにしろお仕着せ的なところ感は強かったし、デビュー5年目ということで迎えようというときに、そういうお仕着せなところにもが窮屈になってきた部分も強かったのでは… と思う。 広がるチェッカーズの世界観。 これ以降、別れの曲が増えた? その辺りが端的に出てきたのが、この「I Love you, SAYANARA」ではなかったかなぁ。 というものの、歌詞が問題になり NHK では放送禁止になっちゃいましたが… でも、「これぞ、自作だ!どうだ!」っていう彼らの自信が見えたのは、この曲からだと思いますね。 だからかなぁ、ラフな音の中にも、感情が入っていた気がする、フミヤのボーカルにも。 これで味をしめたというわけでもないだろうけど、この曲以降、別れの曲が増えた印象があるチェッカーズだったりする。 たとえば、88年の「Jim&Janeの伝説」とか。 加えて同じく87年の「Blue Rain」や89年の「Room」などのブラックで重いマイナー系の曲も増えた印象が強いなぁ。 でも、そういう曲調の幅が広がったという面も含め、個人的には自作になってからのチェッカーズのほうが好きな曲が多いですね。 もっとも「NANA」の時は、初めての自作という事もあってあまりチャートにはこだわらなかったかもしれない。 それでも結果はオリコン最高2位。 同じ1987年3月16日付初登場には、少年隊「Stripe blue」がいた。 「I Love You, SAYONARA」の3月5日リリースに対して、「Stripe blue」のリリースは3月3日。 「Stripe blue」の初動売り上げ9. 9万枚に対して、「I Love You, SAYONARA」の初動売り上げは9. 6万枚。 リリース日2日のずれの差がそのままチャート初登場の順位の差になった… と言っても過言ではなかろう。 悶々と過ごした青春の日々… 心に刺さったフミヤのボーカル 自作になった以降のチェッカーズの曲が好きだったという理由に、あの当時の個人的な人生的な背景もあるな。 当時17歳。 当時はと言えば、相変わらず音楽三昧の日々ではあったものの、大学受験への不安が日に日に強くなってくる。 今のこの状況から抜け出したい。 そんなことばかり考えていたような中で刺さった1曲。 今聴くと、あのころの悶々とした日々の記憶が鮮明に甦ってくる… そんな1曲なんだよなよね、ワタシにとっては。 今から33年前の春。 青春は遠くになりけり… だなぁ。 そして、オリジナルメンバーでは永遠に聴けなくなったチェッカーズの曲が、妙に遠い時代の曲のようにも思えたりする今日この頃… ですね。

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