ジングル ベル 歌詞 日本 語。 Jingle Bells(ジングルベル)

ジングルベルの歌詞を教えてください。

ジングル ベル 歌詞 日本 語

実際にこれが一番驚かれます。 日本のナシを海外でNIPPONと呼ばれていたらビックリしますよね。 正しくは、La poire(ラ・ポワー)です。 しかし最近は、ベージュやオレンジなど赤以外の口紅も人気があるので、ルージュとはちょっと違いますね。 日本語では人の性質を表す場合、つかみどころがなく、ミステリアスな雰囲気を持つ人を指しますが、語源のフランス語にはそのような意味はありません。 5. アベック=Avec もはや完全に死語ですが、昔の日本では恋人、カップルのことをアベックと言っていたそうです。 「~と共に」という意味で、日常よく使う言葉です。 会社の人や兄弟、家族、友だちなどの恋人以外にも、もちろんアベックと使います。 日本でのアラカルトは、実際には何の意味もない場合もあります。 子育てアラカルト、ショップアラカルト、ウェジェットアラカルトなどなど。 7. ミルフィーユ =Mille Feuilles ミルフィーユの正しい発音はミルフイユまたはフォイユです。 Millesが「千の、たくさんの」という意味で、Feuillesが「葉、紙切れ」の意味なので、一般的にmille-feuilleは「千枚ぐらいのたくさんの葉」が重なったという意味だと理解されています。 意味が全く違います。 正式には、シュルレアリスムと言い、超現実主義な芸術の形態、主張の一つです。 フランスで売られるパンのなかに「クーペ」と呼ばれるものがあり、これが日本のコッペパンの原型になったとする説もあります。 私もそう思います。 これはただ単に「一品種名」であって、日本で洋ナシは洋ナシと呼んでいますよ。 むしろ、その品種の洋ナシを「おしゃれなイメージにして売ろう。 」(フランスは一般的に「おしゃれ」というイメージです)という努力が感じられます。 昔、薩摩藩がヨーロッパに「みかん」を輸出していた結果、ヨーロッパの一部地域では現在でも「みかん」を「さつま」と呼んでいます。 ちなみに日本における「さつまいも」も、アメリカでは「ジャパニーズ・ヤム」と呼びます。 それでも「ジャパニーズ・ヤム」を知らない人も多く、なぜならアメリカでの一般的な「ヤム」は、オレンジ色で、酸味があり、水っぽいのが一般的だからです。 日本でおなじみの梨はアメリカでは「アジアンペア」です。 なお、白磁器に至ってはボーンチャイナ(骨中国?中国の骨?)。 日本でスクーターと呼ばれるタイプのバイクなんて、国に寄っては「ホンダ」と呼ばれる事も。 (ホンダのスクーターが大ヒットしたため) 日本でホッチキスと呼ばれる文房具は、製造会社の名前が通称名になった典型で、本来はステープラーが製品名。 外国人が聞いたらびっくりする名前なんて、どこの国にも溢れているし、一々「うわぁ、日本人、恥ずかしい」とか言っている方が、自分の無知を露呈していると思いますよ。

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アイルランド語の「ジングル・ベル」

ジングル ベル 歌詞 日本 語

()の碑文 にの叔父での ()が作詞作曲した歌で、にある自分の教会ののお祝いで歌うために作った。 最初につけられた歌の名前は、 One Horse Open Sleigh(1頭立ての)であった(この原曲は、唱歌「」の作者 ()に献呈されている)。 大変好評であったため、クリスマスでも歌われ、その後中に広まっていき、タイトルもジングルベルに変わった。 歌詞の中には宗教的な語句やクリスマスに対する言及がなく、若者たちが冬に橇で競争する様子を歌った歌である。 4番まであるが、1番と部分だけが広く歌われている。 に、「ジングルベル」作曲150年を記念して、ら複数アーティストがカバーした「ジングルベル」を収録したアルバム『Jingle All the Way! 』が発売された(詳しくは参照)。 日本語訳詞 [ ] 日本では(昭和16年)にの訳詞で『青空行けば』(歌:)が最初のジングルベルの日本語カバーとされているが、戦時下に発表されたので内容はクリスマスとは程遠いものとなっている。 後は、の訳詞 ・庄野正典の訳詞・の訳詞 ・の訳詞 ・の訳詞 ・の訳詞・久野静夫の訳詞 ・藤村閑夫の訳詞・の訳詞 ・の訳詞 など複数の歌詞が発表されている。 には・・のいわゆる「」がそれぞれ「ジングルベル」をレコード化し、同年だけで各シングルの売上はいずれも3〜4万枚に達した。 主なカバー [ ] この節のが望まれています。 日本以外の歌手・演奏家 [ ]• 合唱団• フランスでは ()がに自ら訳詞して歌った「Vive Le Vent」として知られる。 (声:。 イタリア語で歌唱。 ザ・ビートマス(アルバム『クリスマス! 』収録)• The Vindictives(7インチシングル『X-mas 7』収録)• (アルバム『First Christmas』収録)• (アルバム『』収録)• (アルバム『Because It's Christmas』収録)• (アルバム『Classic Christmas』収録)• (アルバム『』収録)• (訳詞:宮沢章二。 裏面はの「ホーリー・ナイト」。 1955年にはアレンジ版「ジングル・ベル・マンボ」(訳詞:井田誠一。 シングル。 1960年録音版(演奏:シックス・ジョーズ)と1962年録音版(演奏:レオン・サンフォニエット)の2種あり。 初期録音版は「ジングル・ベルズ」。 B面曲は盤によって「サンタクロースがやってくる」「」「ホワイト・クリスマス」の3種あり ホセしばさき 1960年11月、シングル。 裏面はの「ホワイト・クリスマス」 、 服部レイモンド 1961年、シングル。 』収録 「Jingle All the Way! 」参加歌手 [ ] 「Jingle All the Way! 」は、様々な歌手が歌った「ジングルベル」を収録したコンピレーションアルバム。 2007年11月28日発売。 以下、参加歌手。 「」内は、曲名。 「Jingle Bells」• 「ジングルベル〜サンタさんとトナカイさん〜」• 「ジングルベル」• 「ジングルベル」• 「オフィシャルサンタのジングルベル」• 「ジングルベル」• 「Twinkle Bell」• 「Jingle All the GAY! 「Jingle Bells」• 「ジングルベル」• 「ジングルベル」• 「ジングルベル」 アニメ・ゲーム・子供向け番組関連のもの [ ] 歌手名 作品名 訳詞 収録作品 キャラクター名 歌手名 Q太郎 (初代) 高田三九三 1966年11月10日発売 『オバQクリスマス』(盤)収録 P子 正ちゃん しばさきそうすけ 1968年11月発売 『怪物くんのクリスマス』収録 庄野正典 1970年12月発売 『ムーミンのクリスマス』収録 1973年11月発売 『ピンポンパンのクリスマス』(コロムビア盤) 『クリスマス・ソング』(キャニオン盤)収録 (版) 庄野正典 1977年11月発売 『バーバパパのクリスマス たのしいうたとおはなし』収録 大矢弘子 曲名は「スーキャットのジングルベル」 1980年11月発売 『スー・キャット物語 青い風の日』収録 ヨーヨー 高田三九三 1981年11月発売 『』収録 堀絢子 (アニメ版) 高田三九三 1982年12月1日発売 『ドラえもんのクリスマス/もうすぐお正月、ハットリくん』収録 高田三九三 1984年11月発売 『キン肉マンのクリスマス』収録 松島みのり 音羽たかし 1985年発売 『NHKおかあさんといっしょ にこにこぷんのクリスマス』(カセットテープ。 クリスマス〜ジングルベル」。 2004年11月25日発売 『』収録 ガッシュ・ベル 宮澤章二 2004年11月26日発売 『金色のガッシュベル!! キャラクターソングデュエットシリーズ LEVEL. 1』収録 ティオ キャンチョメ エルモ (版) 2005年11月16日発売 『ハッピー! Bells on bob-tails ring, making spirits bright, What fun it is to ride and sing a sleighing song tonight. コーラス Jingle bells, jingle bells, Jingle all the way! O what fun it is to ride In a one-horse open sleigh. 2番 A day or two ago I thought I'd take a ride And soon Miss Fanny Bright Was seated by my side The horse was lean and lank Misfortune seemed his lot We ran into a drifted bank And there we got upsot 3番 A day or two ago The story I must tell I went out on the snow And on my back I fell A gent was riding by In a one-horse open sleigh He laughed at me as I there lay But quickly drove away 4番 Now the ground is white Go it while you're young Take the girls along and sing this sleighing song Just bet a bobtailed bay Two-forty as his speed Hitch him to an open sleigh and crack! You'll take the lead 解説 [ ] 1番は雪の中を橇で走り行く楽しさを歌っている。 2番では女の子を誘って、2人で乗っていたが、雪の塊に突っ込み、橇をひっくり返してしまう。 3番では、数日前に橇をひっくり返してしまい、近くを橇で通りかかった人に笑われてしまったことを本人が語っている。 4番では、再び女の子を誘い、友達とスピードを競い合い、賭けに興じている。 替え歌 [ ] の歌「」と同じように、無数のが作られており、次のように始めの歌詞を作り変えているものが有名である。 この後にも銃をモチーフにした替え歌が続く。 Jingle bells, shotgun shells 訳 ジングルベル、ショットガン・シェルズ(弾) 他にはアメリカのスーパーヒーローを歌詞に歌いこんだものが、アメリカの小学生の間で受け継がれている。 このバージョンは1960年代半ばから知られるようになった。 歌詞中のロビンは、鳥の名前とキャラクターの名前を引っ掛けてある。 このバージョンはテレビ番組で歌われることがあり、アメリカで1992年(日本放送は1993年)に放送された『』の「メリークリスマス ジョーカー! 」ではが歌い 、『』の「」という回ではバート・シンプソンが歌った。 映画『』の劇中でも歌われる。 また、このバージョンからさらに派生したバージョンも存在する。 Jingle bells, Batman smells, Robin laid an egg, the Batmobile lost a wheel and the Joker got away. 訳 ジングルベル、くさい ロビンはもっとくさい(直訳:卵を産んだ) バットモービルの車輪が外れて ジョーカー逃げた 替え歌とは少し違うものの、の音楽家カール・ワイズマン(Carl Weismann) とドン・チャールズ(Don Charles) が、に犬の鳴き声のテープを使って(「 ()」名義)ジングルベルの歌を作り上げたものも有名になっている。 アメリカではに誌のクリスマス・チャートで1位を獲得した。 日本ではにから「わんちゃんのジングル・ベル」(カール・ワイズマン(指揮)、わんわん合唱団、SS-2222 M )として発売され、その年だけで5万枚を売り上げた。 サンプル [ ]• アンパンマン』内で「ジングルベル」を歌唱。 その後、別バージョンではあるが、ドリーミング歌唱の「ジングルベル」が「Jingle All the Way! 」にも収録されている。 声優などのキャラクターの担当者の名前。 なお、担当するパートなども別のものとなっている。 なお、担当するパートなども別のものとなっている。 』の2作品のキャラクターソングで、「ジングルベル」を歌唱している。 なお、担当するパートなども別のものとなっている。 また、この2作品のキャラクターソングの発売日は偶然にも同年の11月25日と11月26日で、それぞれ他の歌手(声優)とのユニットとしての参加ではあるものの、大谷の「ジングルベル」が2日連続で発売された。 英語版の音源は2016年発売のCD『The Music of DC Comics Vol. 歌手名は「 feat. ただし、日本語版「」のバージョンは歌詞が若干異なる• 『読売新聞』1973年3月7日付夕刊、9面の記事では人となっている。 イギリスの音楽プロデューサー ()とは別人。 出典 [ ]• 「前年の旧盤が売れる クリスマス・レコード」『』1954年11月5日付夕刊、2面。 Studwell, William Emmett 1994. The Popular Song Reader: A Sampler of Well-Known Twentieth Century-Songs. Psychology Press. 224• Groening, Matt 2001年. The Simpsons season 1 DVD commentary for the episode "Simpsons Roasting on an Open Fire" DVD. 20th Century Fox. Bronner, Simon J. 1988. American Children's Folklore. August House. 105• 「本もの使った異色レコード カエルが歌う」『読売新聞』1973年3月7日付夕刊、9面。 外部リンク [ ]• - () この項目は、に関連した です。

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ドリーミング ジングルベル 歌詞

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石原裕次郎『裕ちゃんのクリスマス特集』 毎年12月を迎えると街中にあふれだす"クリスマスソング"。 1984年生まれの僕が成長する中で一番初めに意識したクリスマスソングは、童謡なら 『あわてんぼうのサンタクロース』 1971年 、 『赤鼻のトナカイ』 1949年。 日本でよく知られる邦訳版は1960年初出 、ポップスなら 『クリスマス・イブ』 山下達郎 1983年 と 『恋人がサンタクロース』 松任谷由実 1980年 あたりだった。 いずれも現在でも定番の楽曲だが、クリスマスソングとはいつ頃から日本に普及したのだろうか。 クリスマスの風俗が本格的に日本に紹介されたのは明治時代後半の1900年頃。 以後、急速に広まってゆき、1920年代ともなると街にイルミネーションが飾られたりプレゼント交換したりケーキを食べるということは、少なくとも都市部では一般的だったらしい。 音楽面では、1927年に 『Silent Night』が牧師の由木康によって 『きよしこの夜』として邦訳されている。 この時期の『きよしこの夜』はまだ一部のクリスチャンにのみ知られる"讃美歌"としての側面が強かったようだが、その後クリスマス文化の普及にしたがい童謡として国産クリスマスソング 『クリスマス』 平山美代子、中山梶子 1937年 、 『サンタクロース』 平山美代子、中山梶子、尾村まさ子、金森りつ子 1937年 などが誕生している。 その後、第二次世界大戦の勃発によりクリスマスソングの発展は一時中断してしまうが、戦後ふたたびその灯はともる。 ここからは曲ごとに戦後日本のクリスマスソングの歴史を紹介しよう。 クリスマスソングが日本に定着して発展する過程で重要な役割を果たした10曲を厳選した。 いずれも現在にいたるまで愛され続けている名曲ぞろいだ。 『クリスマス・イブ』 山下達郎 1983年 まずは外しがたいこの曲。 日本人が作ったクリスマスソングでは一番知られ、かつ人気のある曲がこの『クリスマス・イブ』。 元々は1983年6月のアルバム『MELODIES』収録曲だったが年末に三万枚限定でシングルカット。 その後も包装やデザインを変えながら毎年末にリリースされ続け、1988年にJR東海のCMソングに起用されたことで本格的ブレイクを果たした。 オリコン週間ランキングで30年以上連続で100位以内にランクインする超ロングセラーとなっており、2016年には「日本のシングルチャートに連続でチャートインした最多年数の曲」としてギネスに認定されている。 『サイレント・ナイト/ジングル・ベル』 江利チエミ 1952年 ここからは年代順に紹介したい。 のちに美空ひばり、雪村いづみと共に"三人娘"と呼ばれることになる 江利チエミによるカバー。 江利チエミは同年 『テネシーワルツ』で華々しいデビューをとげたばかりで大ブレイク中だった。 『サイレント・ナイト』は先にも紹介した讃美歌『Silent Night』。 『きよしこの夜』の邦訳歌詞も交えてムーディーに歌い上げている。 『ジングル・ベル』はダンサブルなジャズ調で、当時としてはかなりモダンな仕上がりだ。 両曲ともすでにある程度は知られていたに違いないが、彼女のような若きスターが歌ったことは、クリスマスソングの定番として認識される大きな要因となったのではないだろうか。 なお翌年には美空ひばり、雪村いづみも『ジングル・ベル』をカバーしている。 『赤鼻のトナカイ』 森山加代子 1960年 A面が水原弘、B面が森山加代子のクリスマス企画アルバム 『おミズと加代ちゃんのクリスマス・イヴ』に収録されている。 訳詞の新田宣夫とは当時数多のカバーポップスの訳詞を手がけていた漣健児のサブ・ペンネーム。 同年 『月影のナポリ』でデビューし、モダンなポップス歌手として脚光を浴びていた森山加代子が歌った。 売上記録は不詳だが、当時若き大スターだった水原と森山のコンビによるアルバムなのでそれなりの広まりはあったに違いない。 翌年以降、坂本九が 『九ちゃんのジングル・ベル』のB面としてリリースするなどさまざまな歌手にカバーされるようになった。 なお日本語ではないが1970年のジャクソン5によるカバーバージョンも同曲の日本での普及に大きな貢献をしている。 『サンタが町にやってくる』 山本リンダ 1967年 原曲はアメリカで1934年にヒットした 『Santa Claus Is Coming to Town』。 現在日本でよく知られている歌詞は、渡舟人名義で 『ダイアナ』 山下敬二郎 1958年 を、タカオ・カンベ名義で 『網走番外地』 高倉健 1965年 や 『悲しき願い』 尾藤イサオ 1965年 を手がけた神戸孝夫によるもの。 前年に大ヒット曲 『こまっちゃうナ』でデビューし、この年も 『ミニミニデート』をヒットさせていた山本リンダがシングルとしてリリースした。 舌足らずに声をひっくり返らせながら歌う"リンダ節"がいかんなく発揮されていて楽しい。 このバージョン自体が大ヒットしたわけではないが、世間に邦訳版を認知をさせ、クリスマスソング、童謡として他の歌手に引き継がれていくきっかけになった点で重要だ。 『あわてんぼうのサンタクロース』 1967年 『NHKこどものうた楽譜集 第2集』初出 1960年代には歌謡歌手がクリスマスソングをリリースすることはかなり一般的になっていた。 これまで挙げた以外にも山下敬二郎、加山雄三、ザ・ピーナッツ、ジャッキー吉川とブルーコメッツ、ザ・タイガース……そうそうたるスターがこぞってクリスマスソングをリリースしている。 ところが楽曲は大多数が海外のカバー曲。 オリジナルも無いではないが大きくヒットしたり現代にまで広く歌い継がれている曲は無い。 そんな中でこの 『あわてんぼうのサンタクロース』は完全に日本の作家によって制作された初めての定番クリスマスソングとして重要だ。 詞はこれまでに 『おもちゃのチャチャチャ』 童謡 1962年 や 『真っ赤な太陽』 美空ひばり 1967年 などを手がけ、人気作詞家の仲間入りをしていた吉岡治、曲は 『ワンサカ娘』 かまやつひろし、弘田三枝子など 1961年~ などCMソングを多数手がけていた気鋭作曲家の小林亜星によるもの。 1967年に 『NHKこどものうた楽譜集 第2集』で楽譜が発表されたが1970年代以降、テレビ番組 『おかあさんといっしょ』 NHK で歌のお兄さんを務めた田中星児らに歌われて普及していった。 現代的な意味でアーティスティックなクリスマスソングの元祖と言えばこの 『ハッピー・クリスマス 戦争は終った 』ではないだろうか。 この曲がリリースされた1971年は折しもベトナム戦争の真っ最中。 ビートルズの解散後、急速に平和運動に傾倒していたジョンは 従来的ではない 意味のあるクリスマスソングを作りたいとこの曲を制作した。 「War is over! If you want it 戦争は終わる 望みさえすれば 」 前作が 『イマジン』であったことを考えると自然な流れだが、曲の後半で連呼される直接的なメッセージは世間のクリスマスソングの概念を打ち破るに十分なものがあっただろう。 イギリスを中心に全世界でヒットし、日本でもオリコン週間ランキングで30位を記録している。 『安奈』 甲斐バンド 1979年 『ハッピー・クリスマス 戦争は終った 』のヒットは世界中のミュージシャンに「クリスマスは自由に音楽表現の題材にできる」という前例を示した。 日本でもビートルズやジョンに影響を受けたミュージシャンがそれぞれに自分なりのクリスマスソングを発表しはじめた。 1976年、フォークブームの旗手だった小室等、吉田拓郎、井上陽水、泉谷しげるによるアルバム 『クリスマス』リリースはその象徴的な出来事だが、より完成度が高く一般にも広く認知された曲と言えば甲斐バンドの 『安奈』ではないだろうか。 クリスマスを背景に離れ離れの男女の情愛を描いた内容だが、あくまで男女の情愛が"主"でクリスマスは"従"になっている。 クリスマスソングである前に"甲斐バンドの曲"というイメージが強いが、この曲の登場で初めて日本の音楽シーンはクリスマスを一題材として消化できたわけだ。 オリコン週間ランキングで4位を記録する大ヒットとなり、現在も甲斐バンドを、70年代を代表する名曲として愛されている。 『恋人がサンタクロース』 松任谷由実 1980年 四季の恋愛模様を描いたアルバム 『SURF&SNOW』の収録曲。 『安奈』同様、クリスマスを題材にしながらもシンガーソングライターとしてしっかり自分らしさを表現している。 シングルカットはされなかったものの1982年に松田聖子のクリスマス企画アルバム 『金色のリボン』でカバーされ、1987年には大ヒット映画 『私をスキーに連れてって』挿入歌に起用される。 特に『私をスキーに連れてって』では主題歌をしのぐ注目を浴び、映画も大ヒットしたことから当時のバブル経済やスキーブームを象徴する曲として大いに世間に認知されることになった。 普遍的な歌詞、メロディーで現在まで多くの人に愛される定番のクリスマスソングになっている。 『Merry Christmas Mr. Lawrence』 坂本龍一 1983年 坂本龍一がデビッド・ボウイ、ビートたけし、ジョニー大倉らと出演した映画 『戦場のメリー・クリスマス』の主題曲。 インストゥルメンタルで、映画自体も必ずしもクリスマスをテーマにしたものではないので曲としてのクリスマス感は非常に薄い。 しかし日英でヒットし、アメリカやオーストラリアなどでもそこそこ注目されたので結果的に日本を代表するクリスマスナンバーとして定着した。 坂本はこの曲を含む『戦場のメリー・クリスマス』の音楽制作が評価され1983年度英国アカデミー賞で作曲賞を受賞している。 "クリスマスソング"を紹介する本記事であえて歌ではないこの曲を紹介したのは、それまでクリスマスソングを輸入するばかりだった日本が、この曲で初めて輸出する側に回ったという歴史的功績から。 もちろんそんなに仰々しいことを考えずとも音楽的に素晴らしく独特のムードを持った曲なので、今後も長く愛され続けるに違いない。 クリスマスソングが日本に完全定着したのは1983年 以上、"クリスマスソングが日本に定着して発展する過程で重要な役割を果たした10曲"として紹介させていただいた。 今回紹介した曲は1983年までのもの。 上に述べたさまざまな理由から僕は1983年を日本にクリスマスソングが定着し、一定の消化が成った年だと考えている。 もちろんそれ以降もさまざまなクリスマスソングの名曲がある。 『 ラスト・クリスマス』 ワム! 1984年 や『 雪にかいたLOVE LETTER』 菊池桃子 1984年 も非常に人気があり重要な曲だと思う。 来年の年末頃になるだろうか……あらためて紹介の機会を作りたい。

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