ご足労いただきましてありがとうございました。 「お越しいただき」は正しい表現?ビジネスで使える例文

目上の人に使える?「ご足労おかけします」の意味と使い方

ご足労いただきましてありがとうございました

これを間違いだとするサイトが結構あるようですが、その理由を見ると、明らかな勘違いがあるようです。 たとえば、ある質問で紹介されている以下2つのサイト。 】だそうですが、そもそも「ご来店いただく」は相手の行為ではない、ということを理解していません。 「来店」は相手の行為ですが、その「来店」という相手の行為を「いただく」のは自分の行為であり、謙譲語を使うのが当然なんですけどね。 敬語に対する理解不足なのでしょう。 理由は1と同じですので繰り返しませんが。 ただ、これら2つのサイトは、「本日はご来店いただきましてありがとうございます」に関して、「あきらかな間違いではありません」「あきらかな間違いではない」と明言しています。 ところが、これらのサイトを参考にしつつも、「間違いだ」と主張する方も中にはおられるようです。 「好ましくない」と言いたいなら、個人的趣味の問題として理解できますが、「間違い」かどうか、という問題とは分けて考える必要があるんですけどね。 それはさておきますが、間違いだ、あるいは好ましくないとする理由として、「相手が来店したという行為ではなく相手が来店した事実に対して礼を言っているから」と述べる方もあるようです。 たしかに、「相手が来店した という事実」を「わたしがいただいたこと(そうした状況になっていること)」に対して「ありがとうございます」とお礼を言っているわけで、こうした構図は一応理解しておられるようです。 しかし、この構図が間違いだ(好ましくない)とするなら、次の例文についてはどう解釈なさっているんですかね。 前置きが長くなり恐縮ですが、質問は次のとおりです。 【質問】 『こんなにたくさんお菓子をいただきましてありがとうございます。 』 これは、「相手がくれた」という行為ではなく、「相手がくれたもの」に対してお礼を言っている構図ですが、これは間違った、あるいは好ましくない表現なのでしょうか。 『こんなにたくさんお菓子をくださいましてありがとうございます。 』 『こんなにたくさんお菓子をくださりありがとうございます。 』 のように言い換えるのが正しい、あるいは好ましいのでしょうか。 自分がもらったたくさんの「お菓子そのもの」に対して感謝したければ、「いただきまして(いただき)ありがとうございます」と言えば良いし、「お菓子をくれたという相手の行為」に感謝したければ、「くださいまして(くださり)ありがとうございます」と言えば良い。 どちらが正しいとか間違っている(好ましいとか好ましくない)とかいう問題ではない。 このように思うのですが、みなさんのご見解をお聞かせください。 」について。 「来てもらう」という言い方は、私の感覚では「呼ぶ」「呼び付ける」「呼び立てる」といった感じです。 自分が相手に連絡して来るようにさせる行為。 相手の自発ではなくこちらの働きかけによる。 例:「エアコンが壊れたので業者に来てもらった」「法事でお坊さんに来てもらう」 : 非常に興味深いご見解で、大変参考になりました。 たしかに、そうした要素を含んでいるかもしれませんね。 ただ、これは、単に解釈の問題ではないか、という気がします。 「来てください」と直接的に頼んだり呼びつけたりしたわけではありませんが、たとえば、「ぜひご来店ください」などの宣伝文句を日常的に使用しているはずで、つまり、常日頃から不特定多数の顧客に対して来店依頼をしていると解釈すれば、「こちらの働きかけによる」と言えそうな気もしますが、いかがでしょう。 >「あなたの来店」という行為をわたしがもらったという構図ですが、もらうという行為にすると、「あなた」限定と伝えることは、難しいです。 その行為をした人が、「あなた」ではなくても、他の誰かでもこの構図は成り立ちます。 : この論理は無理があると思いますねえ。 それを言うなら、「ご来店いただきましてありがとうございます」の場合でも、「あなた限定」でなくても使える。 これはなぜかと言うと、そもそも「くれる」は相手だけではなく「相手側(に属すると判断可能な人)」の動作に使い、「もらう」は自分だけではなく「自分側(に属すると判断可能な人)」に使う動詞だからです。 なので、 ・「(あなたのお母さんが)ご来店くださいまして~」 ・「(息子の店に)ご来店いただきまして~」 といった構図が可能になる。 ただ、来店している本人に言うわけで、「あなた限定」と捉えるのが一般的な会話でしょう。 下段へ続きます。 >普段は、「お中元、ありがとうございます。 」と言っています。 「くださいまして」を使うと相手にすごく感謝している感じがするので、普段の日常にも使っていきたいと思います。 : 「お中元を上げる」という相手の行為自体に対するお礼であり、あなたがもらったことに対する喜びや有り難さが希薄である。 相手は、このような印象を受けるはずです。 「くれた」のだから、礼儀として、その行為に対して一応謝意を述べているような印象を与えかねない、ということ。 「もらった時、わたしはとてもうれしかったですよ。 ありがとう!」というニュアンスで、 「先日は、お中元をいただき、ありがとうございます。 」とするほうが上位の謝意を表明することができます。 下段へ続きます。 つまるところ、「くださいまして」は、相手がくれた時点までに限定した謝意ですが、「いただきまして」は、相手がくれて、さらに、それをわたしが受け取った時点まで、すべて包括した状況に対して謝意を述べているわけです。 こうした構図を考えてみた場合、端的には、「くださいまして」は冷静な表現、「いただきまして」は感情のこもった表現と言えるかもしれません。 #9さんによると、「いただきまして」のほうが自然に感じる人が多いそうですが、こうした無意識的な理由が根拠として働いているのでしょう。 もらった瞬間の嬉しかった自分の気持ちを熱く伝えることを好む、といった感じですかね。 ただ、なんども申し上げていますが、あくまでシチュエーション次第です。 それぞれの場面(気分)に応じて使い分けていけば良いのであり、どちらかひとつに拘ると不自然な印象を与えてしまうことが必ずあると思いますよ。 ご回答ありがとうございます。 >いただくを使うと、終わりが前文を受けるので、いただいてくださいとなり不自然。 : 「右に曲がっていただいて、そのあと左に曲がってください。 」 「右に曲がっていただく」の主格は「私」。 「そのあと左に曲がってくださる」の主格は「あなた」。 主格が異なるのですから、 『いただいてくださいとなり不自然。 』という記述は、(主格が一人だけより想定されていないので)論理的に不整合。 >後文は、終止形「ください」で終わっているので繰り返しではない。 : 「右に曲がってくださって、そのあと左に曲がってください。 」 が自然なら、 「先にごぼうを入れてくださって、そのあとじゃがいもを入れてください」 「先に体を洗ってくださって、そのあと髪を洗ってください」 なんかも OK なわけね・・・? ご回答ありがとうございます。 >「右へ曲がってくださって」は不自然ではない! : 「右に曲がってくださって、そのあと左に曲がってください。 」 のように「くださる」を重ねると不自然ですよ、と申し上げているだけです。 いずれにせよ、「右へ曲がられて」のほうが自然だとは思いますけどね。 丁寧に言いたければ、「右へ曲がっていただいて」とすればよろしい。 >なぜ、「くださり」「くださって」をそんなに嫌うのですか。 あなたが、いただき好きなだけです。 : 別に嫌ってはいませんし、まして否定もしていません。 「いただき好き」ということもありません。 シチュエーション次第で使い分けることができますよ、と言っているだけ。 逆に言うと、使うべきではないシチュエーションで使ってしまうと不自然になるということでもある。 ご回答ありがとうございます。 >つまり、「見る」はあなたの動作なのですから、「拝見する」という謙譲語1は使えません。 と言ってる。 : それは当然でしょう。 別におかしくないよね? あなたは、 >それをくつがえして、「拝見いただきましてありがとうございます。 」は、相手の行為だから、謙譲表現は使えないという説。 : とおっしゃいましたよね。 ですから、『誰がどこで言ったんですか?』と聞いたわけ。 「拝見する」と「拝見いただきまして」を一緒にするようじゃ話にならないよ。 >曲がるという行為の、曲がっていただくという謙譲表現と、曲がってください(尊敬語)。 : これは、別におかしなことではありません。 後者は命令形ですよね。 相手の動作に関して命令をするわけですから、当然尊敬語しか使えません。 前者の、「曲がっていただく」は、「(私の指示通り)あたなが右に曲がる、ということを、私がもらったという状態にする」といった意味にお考えになるとわかりやすくなるでしょう。 自然に表現したいなら、 「右に曲がっていただいて、そのあと左に曲がってください。 」 「右に曲がられて、そのあと左に曲がってください。 」 どちらかでしょうね。 ご回答ありがとうございます。 >謙譲語は相手の行為には使えない。 : 「右へ曲がっていただいて、そのあと左に曲がってください。 」という文についてのコメントでしょうが、この場合の「謙譲語」と「相手の行為」とは何を指していますか? それぞれ具体的に明示してください。 これを明示できなければ、会話が成立しないですね。 >なんで、前文の主語が「私」で、後文の主語が「あなた」なんですかね。 : なんでダメなの? >使える前文は、「右へ曲がってくださって」「右へ曲がって」で、「いただき」は使えません。 : 「右へ曲がって、そのあと左に曲がってください。 」 という表現が増えましたね。 さすがに、 「右へ曲がってくださって、そのあと左に曲がってください。 」 は不自然だとお気づきになったのでしょう。 こうしたやりとりの中で学んでいけるのは良いことです。 見間違いではありません。 「してもらったこと、ありがとう」が一致していません。 何を言っているんですか。 ご来店いただきは立派な謙譲語ですよ。 他の回答で、来店いだだきをワンセットでともいっていましたが、そんな文法聞いたことありません。 文法をご自分で作られていますね。 とどのつまり、あなたも、構造がどうのとかいってて、相手の行為に謙譲語を使っているのですね。 あなたが、ニュアンスをひっ付けて、相手の行為に「いただく」を使う人だと分かりました。 もう、苦しい言い訳にしか聞こえません。 すみません。 こういうことに関しては、徹底的に追求します。 よろしくお願いします。 ご回答ありがとうございます。 >「してもらったこと、ありがとう」が一致していません。 : 「してもらったという状況が出現したこと」に対して「ありがとう」と言ってるんですよ。 何回言ったらわかるの? 否定するなら、根拠を述べてね。 >「ご来店」は「いただき」との組み合わせではじめて謙譲語1となる一般形?このことのほうが不合理です。 : 「ご来店くださりありがとうございます」の場合の「ご来店」は尊敬語でしょ? >何を言っているんですか。 ご来店いただきは立派な謙譲語ですよ。 : 言葉というのは心理の現われです。 ネイティブの場合、身についた日本語を微妙なニュアンスによって無意識的に使い分けているわけ。 なので、その構造を分析しようとすれば、必ずニュアンスが絡んで来ざるを得ないのです。 そこに気づけるか気づけないか、の違いはありますけどね。 自信があるようですから、 「右に曲がってくださって、そのあと左に曲がってください。 」 と言えば良いでしょう。 ただ、怪訝な顔をされても不満を持たないようにね。 それでも言いたいというなら、それはもうあなたの好きなようにすれば良い。 「右へ曲がっていただいて」は、あなたが右へ曲がることによって、「私の言うとおり行動してもらえばうれしいですが・・」という気持ちを表明しているのであり、全く自然な表現ですよ、と言っているわけ。 >こういうことに関しては、徹底的に追求します。 : 追求するのは勝手だけど、内容を正確に読んで理解した上で頼みます。 まるで、あの人のようです。 」ですよね。 「(あなたが)見ること」を「(私が)もらう」という状況が成立したことに対して、ありがとう、と言っている構図です。 つまり、「見る」はあなたの動作なのですから、「拝見する」という謙譲語1は使えません。 前文を、「来店いただき」にかえます。 この原型は、「来店いだだき、ありがとうございます。 」ですよね。 「(あなたが)来店することを「(私が)もらう」という状況が成立したことに対して、ありがとう、と言っている構図です。 つまり、「来店する」はあなたの動作なのですから、「来店いただき」という謙譲語「1」は使えません。 そこのところを、きっちり説明していただきます。 」といいます。 前文が謙譲語で、後文が尊敬語なんて、間違いです。 前文だけを「右に曲がったことをもらった」なんて言えませんので、あしからず。 ご回答ありがとうございます。 それをもらうのは私ですから、謙譲語になるのが当然です。 「本来敬語は、主部と述部が一致します」じゃなくて、 「一般的に敬語は、主部と述部が一致します」の見間違いじゃないのかな。 前文を、「来店いただき」にかえます。 >つまり、「来店する」はあなたの動作なのですから、「来店いただき」という謙譲語「1」は使えません。 そこのところを、きっちり説明していただきます。 : 残念ですが、比較になってませんね。 なぜかわかりますか? 「拝見する」は「見る」の特殊形であり、それだけで謙譲語1ですが、 「ご来店」は「いただき」との組み合わせではじめて謙譲語1となる一般形だからです。 これらを比較すると、ややこしくなるよ。 「拝見(する)」は「いただき」の前までの部分。 つまり、「いただき」の前までの部分に「謙譲語1は使えません」と言ってるわけ。 その「拝見(する)」と「来店いただき」を比較しようというのは不合理だよね? このあたりを、きっちり理解していただきます。 因みに、『そこのところを、きっちり説明していただきます。 』 と表現した、ご自分の心理を少し考えてみると気づきにつながるかもしれない。 」といいます。 : これも見解の相違と申しますか、感覚の相違なんでしょうなあ。 理屈から入って、無理矢理、その表現が正しいはずだ!と思い込んでいるのでないと良いのですが。 一般的には、極めて不自然な日本語と受け止められることは間違いない。 「曲がっていただいて」は、「(私の指示通り)曲がっていただいて」というニュアンスなのです。 指示に従ってもらうので自分に利益があるわけ。 どうしても「いただく」を使うのが嫌なら、 「右にお曲がりになって、そのあと左に曲がってください。 」 「右に曲がられて、そのあと左に曲がってください。 」 などと表現すると良いでしょう。 Q 最近、タイトルに書きましたような「~していただきありがとうございます」という表現をよく耳にするのですが、これは正しい用法なのでしょうか。 敬語を使わない表現 なんと言うか忘れてしまいました に直すと「 店に 来てもらってありがとう。 」ですよね。 「ありがとう」が他人へ感謝を伝える言葉であるならば、「来てもらって」の主語は店 店員 ですからそこが合わないと思ってしまうのです。 ですから「来てくれてありがとう」を丁寧にした「ご来店下さりありがとうございます。 」の方がふさわしいと思うのですが、いかがでしょうか。 (「来てもらえてありがたい」でも理解できるんです。 でも店内放送では使えませんね 笑 ) 敬語がちゃんと使えないと言われる若い世代の中で育ちましたので私の感覚が変なのかもしれませんが、ずっと気になっていたので投稿しました。 お暇なときで結構ですので回答よろしくお願いします。 A ベストアンサー 頼もしい限りです。 以前、あなたと同じ疑問を某新聞に質した読者がいて、紙上で取り上げられ、校閲部 ? や高名な国語学者の御託宣で、どちらの側から表現するかの差で、どちらでもいいとという結論になったらしいことを、間接的に耳にしました。 その記事を調べていないので、あまりいい加減な批判は慎まねばなりませんが、日頃考えていることを記します。 「お客様が来店してくださる」も「お客様に来店していただく」もそれぞれに正しいことは言うまでもありません。 問題はその後に「ありがとうございます」が続くこと、「ありがとう【ございます】」であって「ありがとう【存じます】」ではないことです。 さらに、一番重要なのは、「いただく」の主語は発言している人だ、ということです。 「ありがたい」とは、ほとんどありえないようなすばらしいことを言います。 「店の者がお客様に来店していただいた、その店の者の行為がありがたい」 「お客様が来店してくださった、そのお客様の行為がありがたい」 どちらでしょうか? 質問者さんの挙げられた対比例も的確ですね。 繰り返しになりますが、 「いろいろ教えてもらってありがとう」 「いろいろ教えてくれてありがとう」 この二つがどちらも正しいと言う人とは、平行線でしょう(前者は「いろいろ教えてもらって[私は]感謝しているよ」のように言うべきだと思います)。 しかし、この御質問に接して、思わず膝をたたきました。 「同じ事を考えている(若い?)人がいるんだ」と。 今後とも、よろしくお願いします。 頼もしい限りです。 以前、あなたと同じ疑問を某新聞に質した読者がいて、紙上で取り上げられ、校閲部 ? や高名な国語学者の御託宣で、どちらの側から表現するかの差で、どちらでもいいとという結論になったらしいことを、間接的に耳にしました。 その記事を調べていないので、あまりいい加減な批判は慎まねばなりませんが、日頃考えていることを記します。 「お客様が来店してくださる」も「お客様に来店していただく」もそれぞれに正しいことは言うまでもありません。 問題はその後に「ありがとうございます... Q あるサイトに次のような記述が見られます。 百貨店のような大型店で、「本日はご来店いただきまして誠にありがとうございます」という店内放送を聞くことがあります。 「頂く」は自分の行為を謙遜する謙譲語ですので、正しくは相手の行為に敬意を示す尊敬語で「ご来店くださいまして」と言うべきです。 xn--fsqv94c. html この文は完全に論理破綻していますね。 「もらう」という自分の行為を謙遜して相手に敬意を示すために「いただく」と謙譲語を使っているだけであり、別に「来店する」という相手の行為を謙遜しているわけじゃない。 この点を勘違いしているようです。 尊敬語に言い直す必要性は特に無い。 「ご来店いただく」は、 (ア)「来店する」という相手の行為 を (イ)私が「もらう」。 という構図です。 「もらう」という私の行為の対象が、「来店する」という相手の行為なので、自分側の行為をへりくだって「いただく」という謙譲語1を使っている。 「ご来店くださる」は、 (ア)「来店する」という相手の行為 を (イ)あなたが「くれる」。 という構図。 「くれる」というのが相手の行為なので、その行為を行なう相手に敬意を示すために「くださる」という尊敬語を使う。 この方は、こうしたことをほとんど理解しておられないのだと思います。 こうした誤った理屈を鵜呑みにしてしまう人も、ほんのわずかでしょうが居るかもしれません。 早く目を覚ましてほしいものです。 【「来店する」という相手の行為】で、 「(自分が)もらったこと」について述べたければ、「ご来店いただきまして」と謙譲語を使い、 「(相手が)くれたこと」について述べたければ、「ご来店くださいまして」と尊敬語を使えば良い。 みなさんはどう思われますか。 あるサイトに次のような記述が見られます。 百貨店のような大型店で、「本日はご来店いただきまして誠にありがとうございます」という店内放送を聞くことがあります。 「頂く」は自分の行為を謙遜する謙譲語ですので、正しくは相手の行為に敬意を示す尊敬語で「ご来店くださいまして」と言うべきです。 xn--fsqv94c. html この文は完全に論理破綻していますね。 「もらう」という自分の行為を謙遜して相手に敬意を示すために「いただく」と謙譲語を使っているだけであり、別に「... xn--fsqv94c. html について。 まだ詳しいことがわかりませんが、このサイトは相当怪しげです。 この週末にちょっと読んでみようと思っています。 おそらく、書き手は敬語のことをあまりわかっていません。 すでにコメントがありますが「敬語の指針」も読んでいないようです。 3分類がいのか5分類がよいのかは微妙な面があってオカミが5分類を認めていないせいか、教科書も辞書もほとんどが3分類のままのようです。 この状態では、あえて3分類にするのもアリだと思いますが……。 下記を見るとホニャなことがわかります。 xn--fsqv94c. html 「敬語の指針」がこのことにふれているのですが、記載がありありません。 たしかに〈それからすでに60年以上を経過した現在、この敬語表現は使いやすい平易な敬語表現として確立しています〉と言えなくもありません。 しかし、逆を言えばいまだに異和感を持つ人が多いのは、やはり問題のある表現なのでしょう。 下記では何もかもすっとばして、「嬉しいです」を〈丁寧な敬語表現ですので、目上の人に対して使っても失礼にはなりません〉としています。 xn--fsqv94c. html 逆じゃないですかね。 フツーに使っても構わないけど、目上の人に対しては使わないほうが無難ではないかと。 そもそも敬語の話をするのに「丁寧な敬語表現」ってどうなんでしょう。 敬語表現のひとつの「丁寧語」ってことでしょう。 「丁寧な言葉」と「丁寧語」はほぼ一緒のことが多いようですが、微妙に違います。 辞書の類いもこのテの書き方をしてるので、微妙な問題のときには役に立ちません(単なる主観)。 で、本題に関して。 下記で何度か書いたので改めて書く気になれません。 下記のNo. 19に書いたことを再掲します。 goo. html ==============引用開始 どうしてご理解{いただけ/くださら}ないのか、理解できません。 当方は最初から、専門家の見解をいくつも紹介しているのに、ダメみたいです。 脱落気味orz。 当方はむずかしいことを書いているつもりはありません。 誰にでもわかるように書いているつもりです。 コメントNo. 11に書いたとおりです。 〈おおざっぱに言って、相手(側)の言動に尊敬語を用い、自分(側)の言動に謙譲語を用いる……そのとおりでしょう。 「大原則」と言えるかもしれません〉。 それはたいていの人がわかっています。 当方がリンクを張った専門家の意見も、当然このことを理解したうえで考えています。 ただ、いくつかの条件がそろったときに「〜いただく」「〜ください(くださる)」が同じように使えるようです。 この条件についてクダクダ考えたり、なぜそうなのかを考えると非常にメンドーなことになります。 だから当方はその部分はカ省略しています。 まず前提として「〜いただく」なら使えても「〜もらう」にはしにくい。 なぜなんでしょうね。 やはり、特殊な言葉かも。 条件についておおざっぱに書くと……下記の2つなのでは。 条件1 主格(ガ格限定でもいいかも)が明言されていないこと 条件2 ニ格がが明言されていないこと この前提や条件を無視して、「〜もらう」にすると不自然とか、「誰ガ」「誰ニ」言ってるのか考えると不自然とか言われても、どうにもなりません。 前提や条件を覆したらそりゃ不自然になります。 ==============引用終了 ご来店{ください/いただき}(まして)ありがとうございます。 敬語を外してみます。 来店して{くれて/もらって}ありがとう。 前提を覆しているから当然です。 ガ格やニ格をつけた場合も、条件を満たしていないのですから、当然不自然です。 ここが納得できない人は、永遠にゴネることになります。 あちらの質問者も、何を言っても納得しないでしょう。 理屈で説明するのはメンドーなので、当方は「そういうものだ」と考えています。 文化庁もNHKも、論理的な説明は放棄している気がします。 詳しくは下記あたりをご参照ください。 chiebukuro. yahoo. xn--fsqv94c. html について。 まだ詳しいことがわかりませんが、このサイトは相当怪しげです。 この週末にちょっと読んでみようと思っています。 おそらく、書き手は敬語のことをあまりわかっていません。 すでにコメントがありますが「敬語の指針」も読んでいないようです。 3分類がいのか5分類がよいのかは微妙な面があってオカミが5分類を認めていないせいか、教科書も辞書もほとんどが3分類のままのようです。 この状態では、あえて3分類にす... A ベストアンサー 私個人の感覚では、それは漢字が多すぎる気がします。 つまり、いかにも取ってつけたようなというか、わざとらしいと受け取られる危険がないともいえないような気がします。 むしろ、素直に 「よろしくお願いいたします」 くらいの方が好感が持たれるかもしれない。 「有難う御座います」 に至っては、「どうせワープロで漢字変換できるから漢字にしただけだろう」 という受け止め方をされるかもしれない (もちろん、いちいちそんな意地悪なことを考えるものかどうかは疑問ですけれども、あえて意地悪な受け止め方をすればの話です)。 「ありがとうございます」 というように仮名で書くと、言葉がそのまま聞こえてきそうで、和語のやわらかさがあり、好感の度合いは高くなるのではないかと思います。 もちろん、漢字にして悪いというわけのものではありませんし、あまりにも仮名ばかりだと、読みづらいという場合もあるでしょう。 ただ、挨拶の言葉ですから、そのあたりはやわらかく表現されてもいいんではないかな、という気がします。 Q 下記の質問へのコメントを興味深く見ていました。 goo. html 気になったのは、「新年あけましておめでとう」に関するコメントです。 ほかの箇所にはずいぶん細かい指摘があったのに、ここはノーチェック? ネット検索すると、「間違い」と断じているものが多いようです。 yahoo. goo. html 個人的には、「厳密には重言だろうな」と思います。 ただ、「重言」にはいろいろなレベルがあって、一概に「間違い」とは決め付けられないはずです。 下記の質問のNo. 9あたりに書いたとおりです。 goo. html 「新年あけましておめでとう」に関してどう思うか、お考えをお聞かせください。 下記の質問へのコメントを興味深く見ていました。 goo. html 気になったのは、「新年あけましておめでとう」に関するコメントです。 ほかの箇所にはずいぶん細かい指摘があったのに、ここはノーチェック? ネット検索すると、「間違い」と断じているものが多いようです。 yahoo. A ベストアンサー 質問者様が提示している設問に回答したものです。 この質問をみて「なるほどなーー、気がつかなかった・・」と思い、ちょっと調べてみました。 まず、最近の年賀はがきのものを見ると「新年あけましておめでとう」という言葉が印刷されているものが多数みつかります。 最近はネットでこれが正しいかどうか議論になっていますが、どうも昭和の後半から現在に至るまでこういう文章はけっこうあるようです。 次に明治や戦前などのものを見てみると「あけましておめでとう」ばかりで、新年をつけているものは見つけられませんでした。 ただし、明治時代などは「謹賀新年」などの4文字熟語がほとんどで、「あけましておめでとう」というのは、どちらかというと挿絵などから察するに子供向けであるように思います。 で、結論としては「どちらでもいいだろう」ということです。 言葉は揺れるものですし、実際に何十年も「新年あけましておめでとう」が印刷されて使われているわけですから、すでに市民権を得ていると思うからです。 言葉の定義を厳密にすれば、たしかに「間違い」といえるのかもしれませんが、そもそも言葉の定義というのは実際に使われている言葉よりも数年から十年程度遅れて定義されるものですから、これを金科玉条のように考えるのは頭が固いと思います。 (映画「舟を編む」を見てください。 フィールドワークで収集した新しい言葉が辞書に載るまでには何年もかかります) で、改めて「新年あけましておめでとう」が妥当かどうか、と言う点についていえば私はよいだろう、と考えます。 理由は「もはや年賀状はあいさつの代わりではないから」です。 元々年賀状というのは、年頭のあいさつに行けない無礼を避けるために始まったものです。 それ以前の感覚でいえば「来て挨拶して当然、年賀状のような紙っぺラ一枚であいさつなど無礼すぎる」という感覚だったのです。 林先生が「新年をつけるのは間違っている」と言っているようですが、それを言うならそもそも年賀状は間違いである、ともいえるわけです。 (どの時代の基準に立脚するか、ということだけです) 明治に年賀状ができてから今日に至るまで、年賀状は発展しそしてメールの発達によって衰退してきました。 最近はLINEで「あけおめ」で済ます若者も多いことでしょう(突っ込まれる前に書いておきますが「あけおめ」は江戸時代から使われている由緒正し省略法です) 年賀状が一番送られたのは高度成長期からバブル期までですが、ちょうどその頃には日本が経済成長して移動が激しくなり、北海道と沖縄ぐらい離れていても年賀状のやりとりをするようになったわけです。 (高度成長期の集団就職組が地方から東京に集まったり、新幹線ができたりしたからです) この時期に年賀状は「年頭のあいさつの代わり」から「年賀状を送りあうのが挨拶」に変わっていったといえます。 そうなると当然ながら文章も「あけましておめでとうございます」という口語的な挨拶である必要は無くなると言えるのではないでしょうか。 ここに「新年あけましておめでとう」という言葉が生まれる余地があったのだと思います。 それは、年賀状を出すにあたって幅広い世代に見てもらうために「あけましておめでとう」では幼稚、「謹賀新年」では堅苦しい、というような事情です。 それによって、ほどよく漢字もありまた小学生でも意味が分かる「新年あけましておめでとう」が広く流通するようになった、ということです。 また年賀状は当然ながら送る方は年末に書いているわけです。 それが明けてから届く、ということもわざわざ「新年」と着けたくなる理由の一つだと思います。 これらのメカニズムがあってこその「新年あけましておめでとう」であり、それでほとんどの人が違和感を抱かないなら、日本語として問題ない、といえるのではないでしょうか。 これも「どちらでもいい」というのが私の本音です。 もちろん従来の文法から言えば敬語とはいえませんが、同時に正しい敬語を習っていない若者がなんとかして敬意を表そうと奮闘しているわけです。 わたしはこの「気持ち」のほうが重要だと思います。 「新年」とわざわざつけてあいさつしたくなる気持ち、こちらを大切にするほうがよいと思います。 問題になった質問における私の回答も、説明は些末な文法に終始していますが、それ以上に「より気持ちが伝わる文章」を心掛けたつもりです。 ぜひ、そういう視点で見直していただきたいな、と思います。 質問者様が提示している設問に回答したものです。 この質問をみて「なるほどなーー、気がつかなかった・・」と思い、ちょっと調べてみました。 まず、最近の年賀はがきのものを見ると「新年あけましておめでとう」という言葉が印刷されているものが多数みつかります。 最近はネットでこれが正しいかどうか議論になっていますが、どうも昭和の後半から現在に至るまでこういう文章はけっこうあるようです。 次に明治や戦前などのものを見てみると「あけましておめでとう」ばかりで、新年をつけているものは見つけ...

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「~していただきまして、ありがとうございました」

ご足労いただきましてありがとうございました

「ご足労いただきまして」が間違い? with(雑誌)の今月号(2018年5月号)で、このような記事がありました。 ーーーーーーーー引用ーーーーーーーーーー 「ご足労いただきまして」は大間違い! 主語は誰か考えよ! 「本日はご足労いただきましてありがとうございます」。 一見、正しいようだけれどなぜNGなの?「敬語は基本的に主語を基準に考えます。 この場合、足を運んだ主語が『あなたさま』なので『くださった』になりますし、何かをしてもらった主語が『自分』なら『いただいた』になる。 つまり、『あなたさま』が『ご足労くださった』わけですから、『ご足労いただいて』は間違いというわけです」 ーーーーーーー引用ここまでーーーーーーー 個人的には、「ご足労いただきありがとうございます」は、間違ってないと思うのですが、実際どうなのでしょう? ネットでもこのようなことを書いてある記事はないようです。 皆さんはどう考えますか? 「いただく」と「くださる」 ご質問の文例の場合は、どちらでも結構です。 「くださる」は「くれる」の尊敬語、「いただく」は「もらう」の謙譲語ですが、「いただく」の方が使用頻度が高いようです。 「くださる」と「いただく」が同じように使われることがあります。 ただし、相手の意志ではなく、自分 私 の都合で相手が行動するような場合は「~くださる」は使えません。 「くれる」は相手の意志で行動することですが、相手は別に来たいわけではないが来ざるえないだけで、私 店 の意志で相手が来ることになるから「もらう」がふさわしい。 【ご参考】.. A.ご来店くださいまして、まことにありがとうございます。 ご来店いただきまして、まことにありがとうございます。 どちらも同じ場面で、同じ目的で使われています。 A,Bに主語を加えて常体 普通体 にすると、.. (あなたが)店に来てくれて、ありがとう.. B. 私はあなたに 店に来てもらって、ありがとう となります。 Aは、あなた 来店者 を直接敬っていて、敬意が強く感じられるのに対し、 Bは、来店される側 私=店 を低めることで間接的にあなた 来店者)を敬っていて、店の側の感謝の意が感じられます。 一般的に「ありがとう」の前にくるのは「~してくれる」です。 自宅を訪ねてきた友人に感謝の意を伝えたい場合、「来てもらってありがとう」と言うよりも、「来てくれてありがとう」と言うのが自然な言い方です。 したがって目上の者 父 から目下の者 私 に物が手渡される場合、渡す側の目上の者 父 に視点をおけばその人物 父 を尊敬する「(父が私に)くださる」が使われ(尊敬語)、受け取る側の目下の者 私 に視点をおけばその人物 私 を低める「(私が父に)いただく」が使われます(謙譲語)。 間接的に敬意をあらわす謙譲語よりも、直接敬意を表す尊敬語のほうが、自然な表現なのです。 「もらう」のは私で、私が相手から恩恵を被ることを要請する。 ということですが、「もらえないか」というぼかした表現よりも、「くれないか」という私の意志を明確にした表現のほうが自然だと思います。 敬語の形から外れてしまいます。 「足労」は「スル」をつけて動詞になる漢語ですので、「~」には「足労」だけが入り、「を」は入れません。 謙譲語「ご足労いただきまして、ありがとうございます」 尊敬語「ご足労くださいまして、ありがとうございます」 「ご足労{いただきまして/くださいまして}ありがとうございます」はどちらも同じように使えます。 「大間違い」なんてことはありません。 もしそれが本当なら、有力なサイトが軒並み間違っていることになります。 詳しくは下記をご参照ください。 「〜くださり」「〜くださいまして」と「〜いただき」「〜いただきまして」】 以下は一部の抜粋(重言)。 1 本日はご来店くださいましてありがとうございます。 2 本日はご来店いただきましてありがとうございます。 どちらの形が正しいのか。 結論を先に書くと、どちらもOKです。 どちらを主体に考えるのか、という違いがあるだけです。 【客が】(店に)ご来店くださいまして 【私が】(客に)ご来店いただきまして 下記も1 と同様の表現と言えるでしょう。 論理的に考えると「くださいまして/くださり」が正しい、という説もありますが、一般にはどちらも認められています。 下記が代表的な考え方です。 40に「どちらの言い方も適切に 敬語が用いられているものである」と明記されています。 (URL略) ==============引用開始 【解説1】「御利用いただく」は謙譲語I,「御利用くださる」は尊敬語である。 つまり, 「 自分側が相手側や第三者に 御利用いただく」,「 相手側や第三者が 御利用くだ さる」という基本的な違いがある。 しかし,立てるべき対象は,どちらも同じであり, また,恩恵を受けるという認識を表す点も同様であるため,どちらの言い方も適切に 敬語が用いられているものである。 【解説2】謙譲語Iの「御利用いただく」の使い方には,問題があると感じている人たち もいる。 その理由としては,「利用する」のは相手側や第三者なのだから,尊敬語で ある「御利用くださる」を使うべきだということなどが挙げられているようである。 しかし,「御利用いただく」は,「私はあなたが利用したことを 私の利益になるこ とだと感じ 有り難く思う」という意味を持った敬語である。 「利用する」のは相手 側や第三者,「御利用いただく」のは自分側,という点がやや理解されにくい敬語で あるが,自分側の立場から相手側や第三者の行為を表現した敬語であり,敬語の慣用 的な用法として特に問題があるわけではない。 ただ,このような「いただく」の用法 に対しては,その受け止め方に個人差があり,不適切な用法だと感じている人たちも いる。 【「教えてくださり」? 「教えていただき」?】 (URL略) ================引用開始 現状としては、どちらかといえば「教えていただき~」のほうがよく使われており、「教えてくださり~」という言い方は自分ではしないという意見が、やや多くなっています。 ですが、両方とも正しい言い方です。 ================引用終了 下記も信頼できるサイトです。 ==============引用終了 使い分けが書いてありますが、当方にはよくわかりません。 こう言う考え方もできるのでしょう。 「くれる」と「もらう」はどちらも物の授受を表しますが、視点の違いがあります。 すなわち「くれる」は物を渡す側に視点があり「もらう」は物を受け取る側に視点があります。 ==============引用終了 使い分けが書いてありますが、当方にはよくわかりません。 こう言う考え方もできるのでしょう。 個人的には下記のように考えています。 長〜い話なので結論部だけ。 ================引用開始 「〜してくださりありがとうございます。 」 「〜していただきありがとうございます。 」 これは否定できないから、厳密に言えば「くださり(まして)/くださいまして」なんだろう。 論理的に考えるとそうなってしまう。 しかし、現実にはどちらも使われているし、どちらも「間違い」とは言えない。 困ったことに個人的な語感では「〜していただきまして」のほうが自然。 NHKの調査でも、「〜していただきまして」が優勢のようだ。 こうなってくるとなんとも言えない。 ちょっとだけ屁理屈をこねる。 「〜してもらってありがとう。 」はたしかにヘンだが、下記の形ならおかしくないだろう。 「〜してもらってありがたい」 「〜してもらってありがたかった」 これを丁寧にしたのが「〜してもらってありがとうございました。 」と考えるならそんなにおかしくないかも。 無理か……。 ================引用終了 知恵袋では、常連回答者がalcとそっくりの例文を再三書いている。 出典を書いていないってことは、同じ筆者なんだろうか? (URL略) 「ご足労いただきありがとうございます」は、正しい表現です。 「主語は誰か考えよ」とのことですが、この文の主語は「私」です。 つまり、「いただく」=「もらう」であり、「もらう」のは自分なので「私」が主語になるのです。 これは「ご利用いただいてありがとうございます」でも同じです。 「ご足労してもらって」の主語は私であり、「ご足労くださり」の主語は相手なのです。 文化庁『敬語の指針』では「いただく」と「くださる」について下記のように述べられています。 5 「いただく」と「くださる」の使い方の問題 【17】 いつも,「御利用いただきましてありがとうございます。 」と言ったり,書いたりしているのだが,「御利用くださいまして」の方が良いのだろうか。 どちらが適切なのだろうか。 つまり,「(自分側が相手側や第三者に)御利用いただく」,「(相手側や第三者が)御利用くださる」という基本的な違いがある。 しかし,立てるべき対象は,どちらも同じであり,また,恩恵を受けるという認識を表す点も同様であるため,どちらの言い方も適切に敬語が用いられているものである。 その理由としては,「利用する」のは相手側や第三者なのだから,尊敬語である「御利用くださる」を使うべきだということなどが挙げられているようである。 しかし,「御利用いただく」は,「私はあなたが利用したことを(私の利益になることだと感じ)有り難く思う」という意味を持った敬語である。 「利用する」のは相手側や第三者,「御利用いただく」のは自分側,という点がやや理解されにくい敬語であるが,自分側の立場から相手側や第三者の行為を表現した敬語であり,敬語の慣用的な用法として特に問題があるわけではない。 ただ,このような「いただく」の用法に対しては,その受け止め方に個人差があり,不適切な用法だと感じている人たちもいる。 また,「御利用いただきまして…」と「御利用くださいまして…」のどちらが適切か,どちらが丁寧か,という判断や感じ方についても個人差が大きいようであるが,基本的には,どちらもほぼ同じように使えると考えて良い。 以上が文化庁「敬語の指針」の見解ですが、厳密には「いただく」と「くださる」は、使い分けが必要であるという説もあります。 これでいくと、こちらから頼んで来てもらった場合は「ご足労いただき」が、相手が進んで来た場合は「ご足労くださり」が適切ということになりますけど……。 「ご足労いただきまして」は大間違い! ・・・と断定してしまうのは行き過ぎだと思います。 「足労」の意味を辞書で見ると、 足を疲れさせること、足を運ばせること。 「ご」がつき尊敬語となることで、相手がこちらへ来てくれたことを労う・移動のストレスを思いやる気持ちを表すものになります。 記事では、意味を単純に「足を運ぶ、出向く」のほうで捉えているため主語を相手にしているようですが、上で申し上げた意味から、相手に足を運ばせ、それを申し訳ないと思っている主体は「自分」とも解釈できます。 つまり、雑誌記事にも「何かをしてもらった主語が『自分』なら『いただいた』になる」と書いてあるように、わざわざこちらに来てもらっているのは自分なのだから、後ろに「いただく」が続いても誤りではないと思います。 実際に、手持ちのマナー例文集や敬語の解説本にも「ご足労いただき~」と載っています。 「ご~くださる」と「ご~いただく」は、どちらも尊敬語の形としては正しいです。 「やる」の尊敬語が「くださる」、「もらう」の謙譲語が「いただく」ですが、動詞の前に「ご」をつけることでどちらも尊敬語になります。 前者の「ご~くださる」で、相手が自分にしてくれることと表現しても、相手を自分より上に立てることができますし、後者の「ご~いただく」で、相手に頼んで自分がしてもらうことと表現しても、同じように相手は自分より上だと示すことになります。 どちらの場合も、相手を尊敬していることになります。 細かいといえば細かいことかもしれませんが、「ご足労」は、ヤハリ動作の主体(足を運んでくれるヒト)が、自分の意思で足を疲れさせる訳けですので、「〜してくださる」とするべきでしょうね。 「下さる」という尊敬語には、相手の意思によって、身分が下の私に対して上の立場からありがたくも、してくださったというニュアンスになるでしょうね。 ただアナタがご質問に挙げた「いただく」も、相手(主語)の動作を促して、結果的に動作をしてもらった…といった場合いには使用出来るでしょう。 「〜していただく」のようなケースです。 例えば「わざわざ足を運んで戴いて…」など。 これだとこちらは下手(したて)に出ていて、礼を尽くして上の立場である主人公に頼み込んで、その結果来て貰った…といったニュアンスになります。 これは、文法的には謙譲語となりますね。 最初に細かい…と申しましたのは、「くださる」は、主語の意思で上から下に足を運んでくれた、という点。 「戴く」は、こちらから上を見上げているウチに、上の方で斟酌して足を運んでくれた…といったニュアンスになるのではないかということですね。 もともと「いただく」とは山の頂(いただき)などと同じ語源で、貴人に対して食事や手紙などを、目に入ったり息が掛からないように頭の上に捧げ持って届けたことに由来しています。 下の者には、上では何があるのか分かりませんが…といった語なのです。

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門真市健康教育講座ご参加いただき、ありがとうございました!|門真の歯科・歯医者「すが歯科クリニック」

ご足労いただきましてありがとうございました

「お越しいただき」の意味は? 「お越しいただき」の意味は「来てもらう」 「お越しいただき」は、相手に来てもらうことを丁寧に表現した言葉です。 相手が自分のところへ来たことを「お越しいただいた」と言います。 お客様が自分の会社に来たときなどに「お越しいただきありがとうございます。 」と使うことが多い表現です。 「お越しいただき」は謙譲語 「お越しいただき」は、「来る」を表す「お越し」と、「~してもらう」を表す「いただく」に分けられます。 お客様に「来てもらう」のは自分ですので、自分がへりくだった表現である謙譲語を使います。 「お越しいただき」と「お越しくださり」の違い 「お越しいただき」と似ている表現に「お越しくださり」があります。 どちらを使うべきか迷う方も多いかもしれません。 ここでは両者の違いと使い分け方を解説します。 「お越しくださり」は尊敬語 「お越しくださり」は、「来る」を表す「お越し」と、「くれる」を表す「くださる」に分けられます。 お客様が「来てくれる」ことを表していますので、お客様を持ち上げる尊敬語を使います。 「お越しいただき」と「お越しくださり」の使い分け 「お越しいただき」、そして「お越しくださり」は、相手が自分のところへ来るという同じ内容を表しています。 ビジネスでよく利用されている「お越しいただき、ありがとうございます。 」と「お越しくださり、ありがとうございます。 」は、どちらを使っても正しい表現です。 厳密にいうと、「お越しいただき」は「私が来てもらう」という謙譲語で、「お越しくださり」は「お客様が来てくれる」という尊敬語です。 主語が「私」か「お客様」という違いがあります。 自分がお願いして来てもらうときには「お越しいただき」を使うとよいでしょう。 覚えておきたい「お越しいただき」を使った例文 「お越しいただき」は、挨拶やお礼のメールなど、ビジネスのいろいろな場面で利用されています。 よく使われるフレーズで覚えておくと便利です。 ここではよく使われるフレーズを紹介します。 「お越しいただきありがとうございました」が基本 「お越しいただき」を使った表現で多いのが、「お越しいただきありがとうございました。 」です。 来ていただいたときの最初の挨拶や、ビジネスメールでお礼を伝えるときなどに利用します。 先日は弊社までお越しいただき、ありがとうございました。 天候が悪い中、こちらまでお越しいただき、ありがとうございます。 「お忙しい中お越しいただき」を使った例文 「お忙しい中お越しいただき」も、よく利用される表現ですので、覚えておくと便利です。 本日はお忙しい中お越しいただき、ありがとうございます。 先日はお忙しい中お越しいただき、大変感謝しております。 「遠路お越しいただき」を使った表現 「遠路お越しいただき」や「遠路はるばるお越しいただき」も、よく利用される表現です。 遠方から来たほうが、来るために多くの時間や労力がかかっています。 より丁寧にお礼の言葉を述べるために「お越しいただき」は適した表現です。 本日は遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとうございます。 「お越しいただきたい」ことを伝える例文 「お越しいただき」は、来てもらったことに対する感謝の気持ちを伝えることが多いです。 「来てもらいたい」という気持ちを伝えるときには、疑問文にするなど、少し言い回しを変えるといいでしょう。 弊社までお越しいただけますでしょうか。 直接会場にお越し願えますか。 「お越しいただき」の類語や言い換え 「お越しいただき」は「おいでいただき」や「ご足労いただき」に言い換えて使うことができます。 それぞれ例文で紹介します。 「おいでいただき」に言い換えた例文• 先日は弊社までおいでいただき、ありがとうございました。 本日は遠路はるばるおいでいただき、感謝しております。 「ご足労いただき」に言い換えた例文• 先日はご足労いただきまして、感謝しております。 わざわざご足労いただき、恐縮です。 「お越しいただき」を英語で表現すると? 「お越しいただき」は英語で「all the way from」 「all the way from~」で、「~からお越しいただいた」や「~からはるばる来てくれた」という意味になります。 例えば「Thank you very much for coming all the way from Japan. 」は、「日本からお越しいただきありがとうございます。 」と意訳できます。 「way」は「道」や「方法」を表しますので、日本から来るための道のりや方法、行動などすべてに感謝しているという表現です。 まとめ 「お越しいただき」は、感謝の言葉といっしょに使うことの多い敬語表現です。 感謝の言葉をつかいこなせるようになると、ビジネスで信頼関係を築きやすくなるかもしれません。 ぜひ、本記事を参考にして、「お越しいただき」や言い換えた表現を使ってみてください。

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