念珠 浄土真宗。 念珠の形(浄土真宗・その1)

念珠の形(浄土真宗・その1)

念珠 浄土真宗

浄土真宗の念珠 kagoset 浄土真宗は親鸞聖人によって開かれたご宗旨です。 浄土真宗の念珠の特徴は、弟子玉が一方にしか入らず他の一方は紐を巻き上げ、 結び(蓮如結び)をほどこし房がつくのみの形となっているところです。 浄土真宗の念珠は、修行のための念珠とは違い、阿弥陀様への報恩感謝のための念珠ですから、 それ相応の形をとっているのが特徴です(記子玉がいらないなど)。 浄土真宗用に仕立てました念珠です。 (ページ内の記述で浄土真宗もしくは真宗と表記していますが、それは派別を表す表記ではありません。 通念としての浄土真宗全般をさしている表記ですのでお東用、お西用という意味ではございません) 玉のサイズによって、 、(主に女性用) (男性用・住職用)、 、 〜の種類がございます。 その他、特殊仕立ての念珠等も製作しておりますので、お尋ねください。 他の色合い、形に変更することももちろん可能です。 懇切丁寧にご回答させていただきます。 をお選びください 紐房とはのことです。 他の色合い、形に変更ももちろん可能です。 その場合は色見本をご確認しご希望をお聞かせください 浄土宗用には、通常の菊房と手毬房との2種類がお選びいただけます。 選択のない場合は、通常の菊房でお仕立てさせていただきます。 懇切丁寧にご回答させていただきます。 kagoend.

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念珠の形(浄土真宗・その1)

念珠 浄土真宗

仏様にお参りする時に、念珠を手にかけてお参りします。 それは仏様にとても失礼なことですよね。 珠数の一連をも持つ人なし。 さるほどに仏をば手把にこそせられたり。 (蓮如上人『御文章』) 念珠は、もともとは称えた念仏を数える仏具でした。 浄土真宗では「信心」を表します。 念珠の珠は、煩悩を表します。 「煩悩」とは、私を煩わせ悩ませるもので、各人に108つあり、中でも代表的なのが、欲・怒り・愚痴の三毒の煩悩です。 それらの珠をまとめている糸が、信心を表しています。 珠はそのままではバラバラで収拾がつきませんが、糸が通るときれいにまとまります。 108つの煩悩も、他力信心の糸が貫いて初めて、苦悩が喜びに転じ変わります。 私たちを煩わせ悩ませる煩悩がそのまま、喜びのタネとなります。 まことの信心を獲ると、煩悩即菩提の世界に救われるのです。 念珠は、畳や床の上に直接置くなど粗末に扱わないようにしましょう。

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数珠の選び方・房の種類は男女で違う?浄土真宗用おすすめは?|仏事のいろは(浄土真宗)と暮らしの雑学

念珠 浄土真宗

けやきの数珠 こういうものはストーリーがあっていいですよね。 数珠を選ぶポイント 石の数珠はきれいだけど紐が切れやすく、冬に手に持つと冷たいのでぼくは木の材質の数珠のほうが好きです。 木や木の実が材料のものは手触りがあたたかく、長年使っていくうちに色味が変化して味がでるので大事に使う甲斐があるところがいいですね。 木の「共仕立て」が紐も切れにくくて、手から滑り落ちにくいので個人的には好きです。 (ともじたて・クルミの数珠の写真がわかりやすいですが、赤い石が入っている部分、大きいところを親玉・小さいところを弟子玉といいます。 その部分も主に使われている素材を同じ素材で仕立てることです。 けやきの数珠は親玉が共仕立てです。 ) 数珠の持ち方や扱い方 合掌していない時は 左手に持ち、房が下に垂れるようにします。 合掌の時は必ず 両手にかけ、組紐・房が下に垂れるようにし、親指で軽く押さえます。 両手を入れて合掌しましょう 他宗派では「念仏の数を数えるため」「擦りならして煩悩を滅するため」などいろいろと数珠の使い方がありますが、真宗興正派「 ただ両手にかけて礼拝する。 」のが正式な使い方です。 じゃらじゃらと擦りあわせたり、つまぐる(念仏の数を数えて玉を指で動かす)ような事はしません。 お寺に参拝する時は数珠を忘れないようにしましょう。 蓮如上人は「念珠をせずに合掌することは仏を鷲掴みにするようなもの」と戒めておられます。 数珠は法具でありますので大切に扱い 畳や廊下などに直接置いてはいけないとされています。 バチが当たるとかそういうことではなくて、 大事で神聖な道具なので丁寧に扱いましょうということですね。 レンタルの数珠でもいいの? 葬儀会館で入り口に数珠を忘れた人用のレンタル数珠を置いていますね。 また、ご自身のものとレンタルと、別に数珠としての違いは何もありません。 しかし、仏前に参り尊敬の心・感謝の心こういうものを・礼拝という態度で示そうとするときに、簡易のレンタルのものを使って参るよりは、 ご自身の大事にしている数珠を持って参ろうかという心持ちが真摯に仏さまにむきあうことにつながるのではと思うのです。 まあでも人間ですから、そう思ってても持って行くのを忘れてしまうことはありますけどね。 数珠はいつから使われていたの? 数珠は仏教のはじまる時代(紀元前6世紀ごろ)以前に、インドではすでに存在していた形跡があるそうです。 もともとはバラモン教で使われていたもので、仏教教団特有の道具とか必須の法具というわけではなかったようですね。 ですから、インドから後にタイ、ベトナムなどの南方に伝わった仏教教団では僧侶も在家(一般の方)も基本的には数珠は使いません。 しかし中国、朝鮮、日本へと伝来した北方仏教では数珠を用いる作法に重きを置いたため、現在の日本の仏教教団では各宗派とも数珠を用いています。 使用方法やその意味については各派様々な違いがあります。 ちなみにインドで使われていた数珠の原型が西洋に伝わり、キリスト教のロザリオとなったという説もあるようですね。 全く違う土地で歴史を重ねたものがさかのぼれば同じ起源を持つとはなかなか興味深いものです。 数珠の形から学ぶ事 数珠の珠は中に紐が通っていなければバラバラになってしまいます。 中心の紐のおかげで綺麗に輪の形に整列しているんですよね。 その珠の1つを「自分自身」と見立ててみましょう。 例えば隣り合う珠は直接出会う人。 その隣は、少し関わりのある人。 反対側にある珠は会った事もないけれども縁のある人、などと言えるでしょう。 ご縁の糸を切る事は簡単ですが、 切れた縁をもう一度綺麗につなぎ直すことは大変難しいことです。 数珠も人の縁も大切にしたいものですね。 あわせてこんな記事もいかがですか?• 他にもした記事やなんかも人気です!よかったらそちらもどうぞお目通しください!

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