届け 奇跡じゃなくていい。 宿命 歌詞『Official髭男dism』

その奇跡の名前を僕は知らない

届け 奇跡じゃなくていい

心臓からあふれ出した声で 歌うメロディ 振り向いた未来 君から あふれ出した声と 合わさって響いた 群青の空の下 夢じゃない 夢じゃない 涙の足跡 嘘じゃない 嘘じゃない 泥だらけの笑顔 夢じゃない 夢じゃない 肩を組んで叫びたい 僕らの想い 届け! 奇跡じゃなくていい 美しくなくていい 生きがいってやつが光輝くから 切れないバッテリー 魂の限り 宿命ってやつを燃やして 暴れ出すだけなんだ 沈黙が続いたイヤフォン 自分の弱さに遠ざかってく未来 「大丈夫」や「頑張れ」って歌詞に 苛立ってしまった そんな夜もあった 夢じゃない 夢じゃない あの日の悔しさと 忘れない 忘れない 掌の爪痕 無駄じゃない 無駄じゃない それも全て讃えたい もうあと少し 願いの熱さに 汗まみれになったり 期待背負って立って 重さに臆病になるけど 僕らの背番号 それは背中じゃなく 瞳の奥のアンサー 重なって 照らし合ってくFOREVER 緊張から不安が芽生えて 根を張るみたいに 僕らを支配する そんなものに負けてたまるかと 今 宿命ってやつを燃やして 暴れ出す 届け! 奇跡じゃなくていい 美しくなくていい 生きがいってやつが光輝くから 切れないバッテリー 魂の限り 宿命ってやつを燃やして 暴れ出すだけなんだ ただ宿命ってやつをかざして 立ち向かうだけなんだ 宿命とは前世から定まっている運命。 避けることも変えることもできない運命的なもの。 という意味がありますが、どう言った意味で曲名として使われているのでしょうか? この曲は楽曲の紹介でも触れたように、2019年夏の高校野球応援ソングに起用されているんですよね。 つまり、「高校野球」のイメージに沿って歌詞が作られ、曲名が決められていると考えられます。 高校野球といえば毎年数々のドラマが生まれ、世間を沸かせますよね。 9回裏ツーアウト満塁で逆転サヨナラホームランなんて打った選手がいたら、まるで生まれた瞬間から運命的に決まっていたんじゃないかなんて思ってしまうものです。 そんな、まるで運命的に決められていたかのような高校野球のドラマをイメージして「宿命」と曲名にしたのかもしれませんね。 解釈 無意識のうちに胸の奥から溢れ出してくる想いで 未来に突き進んだ。 君の想いも合わさって一緒に前に進んだんだ。 青い夏の空の下。 夏の群青の空。 どこまでも透き通っているかのような夏の青は、選手たちの清々しい心を表現しているかのように感じますよね。 この歌詞だけで青春を感じさせてくれて、ぐっと曲に引き込まれる気がします。 心臓から溢れ出した声。 これは高校野球の選手の 甲子園に行きたいという純粋な想いを表現しているのではないでしょうか。 混じりっけのない純粋な想いだからこそ数々のドラマが生まれるのかもしれませんね。 夢じゃない夢じゃない 涙の足跡 嘘じゃない嘘じゃない 泥だらけの笑顔 夢じゃない夢じゃない 肩を組んで叫びたい 僕らの想い 届け 解釈 うまくいかなくて泣いた涙は夢じゃない。 泥だらけの笑顔という努力の結晶も夢じゃない。 みんな一丸になって「僕らの想いが届け」って叫びたい。 ここの歌詞は、努力して時には泣いて。 野球を通してチームが一丸となっていくという清い青春の一面を歌っているのでしょう。 そもそも、別に野球でなくても青春なんてできるのですから、野球が好きでないならやめて他のことをすればいいわけです。 それでもここに残ったチームの一員だからこそ、みんな同じ方向を向いて歩めるのかもしれませんね。 奇跡じゃなくていい 美しくなくていい 生きがいってやつが 光り輝くから 切らないバッテリー 魂の限り 宿命ってやつを 燃やして暴れ出すだけなんだ 解釈 奇跡じゃなくてもいい。 美しく勝てなくてもいい。 君と一緒に野球ができるということが何よりも価値があるから 僕らは絶対に裏切らないバッテリーなんだ。 魂が尽きるまで宿命を信じるだけなんだ。 ここの説明をする前に前提知識として、藤原さんの歌詞に込めた想いを見ておきましょう。 美しいものばかりじゃなくてもいいし、奇跡みたいなことばかりが起こらなくてもいい、という歌詞がサビの部分にあるのですが、これは僕が伝えたかった思いです。 試合の中にドラマや奇跡のようなことがなくても、選手や応援団も含めた「勝ちたい」「戦いたい」「応援したい」という両チームの思いに、言葉が必要ないぐらいのすばらしい奇跡がすでに起こっている。 そんな思いを込めたつもりです。 つまりインタビュー は、 仲間とともに今試合にいるだけで、すでに奇跡が起きてるんだということを伝えたいのだと思います。 その藤原さんの想いが「生きがいってやつが光り輝くから」という歌詞で表現されているのでしょうね。 Official髭男dism(ヒゲダン)の歌ってなんというか、歌詞の伝えたいことがびしっと一本、筋が通っていて訴えかけてくるものがありますよね。 解釈 音がなっていることにも気づかないほど悔しかった日もあった。 自分の弱さに未来が遠ざかっていくような気がした。 「大丈夫」「頑張れ」って励ましてばっかくる曲が嫌になる夜もあった。 ここは主人公の「 挫折」を歌っている部分なのだと思います。 「沈黙が続いたイヤホン」という歌詞がより主人公の余裕のなさを印象付けますよね。 甲子園ではキラキラしている球児も、影ではこうやって何度も挫折を繰り返して成長していっているのかもしれませんね。 そんな努力があるからこそ、あの晴れ舞台に立てるのかもしれません。 夢じゃない夢じゃない あの日の悔しさと 忘れない忘れない 手のひらの爪痕 無駄じゃない無駄じゃない それも全てたたえたい もうあと少し 解釈 あの日の悔しさは絶対に忘れない。 手のひらの豆は無駄じゃない。 今までの小さな努力だって讃えたい。 あと少し。 夢じゃない夢じゃない、忘れない忘れないと繰り返し歌詞にすることで、主人公が自分に言い聞かせているかのように聞こえますね。 ものすごく不安な様子が想像できます。 手のひらの爪痕とは、手のひらの豆のことを言っているのだと思います。 高校時代ではありませんが私自身野球をやっていた経験があるんですが、 バットを素振りしているとすぐ手のひらに豆ができてしまうんですよね。 普通なら、痛くて嫌な物のはずなんですけど、なんだか 努力が認められた気がしてすごく嬉しい物なんです。 主人公もそうだったのではないでしょうか? 自分の無力さに挫折したくなってしまうけれど、今までの努力の結晶を見てもう少し頑張ってみようかなと思う。 そんな想いが手に取るようにわかります。 願いの熱さに 汗まみれになったり 光背負ってたって 重さに臆病になるけど 僕らの背番号 それは背中じゃなく 瞳の奥のanswer 重なって照らし合ってくforever.

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その奇跡の名前を僕は知らない

届け 奇跡じゃなくていい

アイドルの選択は曲調から髪型、果ては行く末に至るまで何もかも全て私のコン不可能なものだから、出されたものを受け入れるか受け入れないか決める権利だけが私の手の中にある。 そう思ってきた。 思い知らされてきたと言った方がいいかもしれない。 毎日毎日、程度は違えどNEWSのことを繰り返し考えて、自分の気持ちを分かろうとして、分からなくて、そして眠って。 仕事中とか友達と話してる時とかは切り替わるから生活に支障はないけどしんどくないと言ったら嘘になる。 でもこれは怒りではないな、と思う。 心を隅々まで見渡しても、誰への怒りも私の中にはない。 起こってしまったことは変えられなくて、そして目に見える範囲のことから判断する限りでは、私は今こうなっていることを妥当だと感じている。 厳しすぎるとも優しすぎるとも思わない。 法を犯したわけではないのに?私生活の領域に事務所がここまで制裁を与えるのは正当だと思いますか?といった主旨の質問をいくつか受けているのだが、少なくとも現時点では事務所の処置を理不尽とは思わない。 まず緊急事態宣言が出されているさなかに酒席へ赴いたこと。 その結果事務所を挙げてのプロジェクトへの不参加が決定した状況の中で再度酒席へ参加したこと。 そしておそらくは事務所との話し合いが決裂したであろうこと。 一度目の酒席参加でSmile Up Projectには不参加になったことも、二度目の酒席参加とその発覚後の話し合いの結果芸能活動自体の休止が決まったことも、行いの結果として理不尽な処罰ではないというのが私の意見だ。 手越さんは確かに法には反していないが、事務所が求めるアイドル像には反した。 ならば事務所のアイドルとしての活動を止められることには一定の正当性があるだろう。 ファンに見えるのは表面だけだが、それでも自信を持って言いきれる。 手越さんの振舞いは曇りも傷もない綺麗な優等生とはとても言い難かっただろうし、それは手越さん自身もよく分かって意図的に選んだあり方だったと思う。 アイドルらしさ、と口で言うのは簡単だが、事務所が彼らに求める事務所にとっての「らしさ」にも色々ある。 彼らに掛けられている枷を分解すると、おそらく大まかに3つに分けられる。 あくまで私の目から見てこう見えるという話なので事務所やアイドルにとってどうかはここでは置いておく 一つ目、法に反しないこと 二つ目、利益を損ねない振舞いをすること 三つ目、事務所のビジョンを体現すること 一つ目は簡単だ。 飲酒運転しない、暴行しない、未成年飲酒をしないさせない。 薬物を乱用しない、脱税しない、強盗しない。 ただ言葉通り、犯罪をしないこと。 抵触した時の処罰が1番厳しいのは多分これ。 二つ目、ファン離れに繋がることや事務所の利益を減じることをしない。 二股するとか個人でやるとか、若いうちは恋愛そのものとか、あと副業禁止とかもこの類。 どこまで明文化されてるか分からないけど、早い話が事務所の内規的なものだ。 すごい雑に言うと「いい子であること」って感じかな。 最後三つ目、事務所のビジョンに反しないこと。 は大いにとち狂っているところもあるが、一方でアイドルを世に出す存在としての矜恃はそれなりにある。 と思う、きっと。 倫理が狂っているところとガチガチなところが混在していて、その中の「ガチガチなところ」を生み出しているのがこのビジョンの強さであるように見える。 と平和。 地球と人類に資すること。 希望ある未来を作ること。 トンチキな歌の中で繰り返し繰り返し歌われてきたもの。 二つ目と三つ目の境界はそこまで明確ではないだろうけど大体こんな感じ。 今回の手越さんの行動は一つ目には反していない。 緊急事態宣言には法的拘束力も強制力もないから。 けれど、二つ目の縛りにも三つ目の縛りにも反したものだったと思う。 優等生なアイドルはこの状況下でそうはしない。 そしてジャニーズのアイドルもそうしないアイドルであることを事務所に求められている。 この三つ目の「ジャニーズらしさ」に反したこと、手越さんの意図するあり方と事務所のビジョンが齟齬を起こしているらしいことに、私は今史上最高のダメージを受けている。 裏表のあるあり方を嫌がる人でもある。 そういう風に、「アイドル」と「人間」の間に乖離も齟齬も挟みたくない人。 そうやって生きてる手越さんは今までも全然優等生ではなかった。 友人と集まり、お酒を飲み、「連載」と冗談にされるほど週刊誌にも載ってきた。 あることないこと書き立てられては「全然違う!」とWebで怒ってみせたりした。 真偽も分からないLINEのスクショ、ゲームの音声、キャバ嬢のツイート、そういうの色々。 色々、全部、全てが真実だったってことはない。 けど中には本当のものもあっただろう。 そしてそういうもののほとんど、多分手越さんは「バレなければいい」からやったんじゃない。 「やってもいいと思った」からやったんだろう。 これは自論だけど、人間は基本的に「正しいこと」と「仕方ないこと」しかしない。 痩せた方がいいと思うからダイエットして、食欲に負けて仕方なく食べる。 成績は高い方がいいから勉強して、めんどくさいからサボる。 手越さんにとって優等生ではないことは、欲に負けてとか自分を律することが出来なくてとかそういう話では多分なかった。 やりたいようにやるアイドルでいたかっただけだ。 でも丸っきり間違いってことはないと思う。 概ね手越さんはそういう人だった。 そういう手越さんを、特に問題だとは思ってこなかった。 今まで出たたくさんの報道、色々あったあれこれ、そういうもののほとんどが、私にとってはそもそも別に問題ではなかった。 我慢出来る出来ないじゃなくて、ただ気にならないから気にしなかった。 いや、全部じゃないかな。 未成年がいたのでは?って言われたやつと先輩の悪口言ってたぞってやつは本当だったら嫌だなとは思った。 それ以外を問題だと思ったことはなかったし、今も同じ気持ちでいる。 手越さんの哲学は手越さんが決めるものだ。 どんなアイドルでいるかはアイドル自身が決めていい。 話を垂れ流す人がそばに居るとしたら嫌だとか友人とされる人が個人的にとかはあったけど、でも今までの出来事はジャニーズとしての哲学の域に収まっていたと思う。 アイドルとして「優等生じゃない生き方」を選んでるんだとしか思わなかった。 というか思考の海に突き落とされた。 人として正しくないと思った。 理由はどうあれ正しくない。 罪ではないとしても肯定できない。 「優等生じゃない」のと「正しくない」のは違う。 これはアイドルとしての哲学の話じゃない。 この社会の状況の中で人としてどう振る舞うかの話。 自分のためにも社会のためにもした方がよい我慢をしなかった。 なんで?じゃあ仕方ないね、って言える理由を思いつけなかった。 「こうかもしれないから何も分からず批判するのは……」と言えるようなことを何も。 法に反していなければ何をしてもいいわけじゃない。 法律というのはいわば「絶対超えちゃいけないライン」であって「ここを超えさえしなければセーフ」では決してない。 そもそも、ほとんどのしてはいけないことはあくまでそれをしてはいけないだから駄目なのであって法律違反だから駄目なのではない。 人を殺してはいけないのはそれが法律違反だからではない。 人を殺してはいけないからそれは法律違反と定められているのだ。 でもだからこそ難しい。 「本当の正しさ」「絶対の正しさ」というものを全て定めることはできない。 日常における行動は自分でしてもいいかを判断し自分で決めなくてはいけない。 今回の手越さんの行動は、手越さんがアイドルであろうとなかろうと正しくないと私は思ったし、どう思うかと聞かれたら今でもそう答える。 Smile Up Projectへの不参加、それ以外の芸能活動の継続。 その事実自体は悲しかったし寂しかったけど、そうなって当然の妥当な処分だと思った。 続報が来た。 あ、これは「仕方ない」やつじゃない。 と確認できてしまった。 我慢できなくて欲に負けて酒席に参加した人のとる行動ではない。 反省している人のとる行動ではない。 「やってもいい」と思ったからやったのだ。 おそらくは、いやさすがに確実に、初報が出て事務所企画への不参加が決まった時に事務所と話はしただろう。 今外に出るのは違う、自分の行動の意味を考えろと事務所に言われただろう。 そういう話をした上でそうした。 自ら選んで。 私と手越さんの正しさ、今全然違うなと思うと辛かった。 ヤケクソなのかも、とか、今どんな人と話をしてるんだろうとか、心閉ざしてないかとか何考えてるんだろうとか。 そういうこと色々考えて、それから、戻ってくることが有り得るだろうかとぼんやり頭の片隅で考えた。 4月、5月の状況の中で「自分にできる限りの最大限の感染拡大防止」をしない人は、と同じビジョンを持てない人だ。 未来や平和についての考え方がと違う人だ。 それはつまり、の理念を体現することが出来ない人だ。 事務所は多分折れない。 手越さんは考えなしに行動したわけじゃない。 平行線が交わるためにはどちらかが折れなきゃ駄目でそれは手越さんが折れるしかなくてでもそんなことするのか分からない。 分からなかった。 ジャニーズであることと天秤にかけた時に傾くのが私たちの方なのか、そうじゃないのか、分からない。 というより、現時点では天秤は「何か」の方に、「手越さんにとっての正しさ」の方に傾いている。 だからこれはどちらを選ぶかの話ではない。 こちらへ戻ってくるかどうかの話だ。 戻ってきてくれるんだろうか。 分からない。 私多分、もう諦めてる。 というより、もう既に思い出してしまっている。 アイドルがアイドル自身の意志で辞めると決めた時、できることはもう何もない。 引き止めるためにできることも、それ以上アイドルのためにできることも、もう何も。 悲しいことが起きる度にいつも味わってきた感覚、悲しいことに初めてではない感覚。 無力感と脱力感。 だから、分かったとか知ったとかじゃない、思い出した、なのだ。 NEWSにメッセージを送ろう、という企画に1枚の写真を提出した。 自分が何を伝えたいのか、そもそも何か伝えたいのかさえよく分からないまま、手元に残っている1番古いNEWSに関する写真を選んだ。 6人時代に4人でやったバラエティ番組とコンビニのコラボ商品のパン。 ずっとずっと欲しくてたまらなかったレギュラーバラエティ、本当はグループ全員でが良かったけど4人でも嬉しくて、コンビニとのタイアップが嬉しくて記念に撮った。 当時はまだだったから画質はガビガビだし、光の反射でパッケージもよく見えない下手くそな写真。 辛うじて読める消費期限の日付は2010年のもので、あれはもう10年前なのかと思うと変な感じがした。 これがNEWSの誰かの目に入ったとして、何を思ってほしいんだろう。 それもよく分からない。 まだ分かってない。 でも、たとえば「ずっと好きだよ、4人を絶対待つよ」とか「NEWSが何より大好きだよ」「愛してるよ」みたいなことが言いたいんじゃないな、とは思う。 絶対諦めない、絶対また見たい、と言えない。 思えない。 だってあの時もう見れなかった。 だってあの時諦めた。 だってあの時、諦める以外に6人も4人も好きでいる方法を知らなかった。 今この胸に渦巻く無力感を私に叩き込んだのは、紛れもなくNEWSの6人だ。 実際のところ手越さんが具体的にどんなことを考えているのかは分からない。 でも少なくとも事務所の方針や要請に反する行動に繋がる考えを彼は持っていて、そしてその考えを貫くことに事務所に従い己の地位を守るよりも価値を見出している。 今までだって事務所の思い描く理想のアイドルと手越さんの志すあり方は大して重なってはいなかっただろう。 でも両者の譲れない部分は何とか衝突を避けてやってこれた。 努力と偶然によって決定的な事態は回避されてきた。 事務所が急に変わったわけでも手越さんが急に変わったわけでもない。 ずーーーーーっとこうなる要素はあって、でも表面化に至らずやり過ごしてこれただけ。 のあまりに甚大な影響でついに破綻が起きた。 事務所が「もういいよ」って言ってそれで手越さん自身は何も変わらず戻ってくる、というのは多分ないと思うしあってほしくない。 今回事務所間違ってねえもん。 事務所が許す許さないじゃない。 手越さんが事務所に歩み寄るかどうか。 もしも今までのあれこれと同じような気持ちで「俺は俺らしくいたい」「俺の思うようにしたい」って思ってるならそうじゃないよって言いたい。 これ、優等生でいるかどうかの話じゃないよ。 ジャニーズのアイドルでいるかどうかの話だよ。 でもいくらなんでも分かってないってことない気がする。 私はNEWSが好きで4人が好きで手越さんも好きで、手越さんを、今まで見てきた手越さんを信じている。 手越さんからファンへの愛も、ファンの愛が手越さんに届いていたことも信じている。 だからそれはつまり、それでもこうなったのだと考えているということだ。 ファンの愛は、NEWSへの愛着はちゃんと手越さんの中にあって、ただそれは自分にとっての正しさを捨てて事務所に頭を下げる理由にはならなかった。 でもそれって当たり前だよなあ。 手越さんはそういう人だよなあと納得する気持ちもある。 そう、手越さん。 手越さんなのだ。 今、4人のNEWSが続くかどうかを決めるのは手越さんだ。 山下くんと錦戸くんが脱退した時も、BLUE発売前後のあの時も、私はずっと何か分からない大きなもの、多分事務所に祈っていた。 NEWSをなくさないで、続けさせて、私から取り上げないでって心から思った。 でも今ごめんなさいお願いしますって言うべき相手って事務所じゃない。 別に、事務所今、私たちからNEWSを取り上げようとはしてないと思う。 言うべき相手がいるとしたらそれは手越さんだ。 手越さんにそれをお願いするのは、なんだか変だ。 いなくならないでって、ずっと見たいよって、だってそんなのファンの気持ちより手越さんの意志が勝るに決まってる。 アイドルってそういうものだ。 あなたの意志に反してアイドル続けてよと言うのも、あなたの信念変えてよと言うのも違う気がして、彼に対して何を言いたいのかよく分からなくなる。 「答え」が4人だったらいいなと心から思う。 思ってるつもり。 でも4人じゃなきゃ駄目だとは思わない。 4人だけがNEWSだとも絶対4人がいいとも、信じてるとも言わない。 なんでもいいから帰ってきてなんて絶対言わない。 全然なんでもよくなんかない。 帰ってくるのを待ってるんじゃない。 答えが出るのを待っている。 その答えが私の望み通りである勝算はどれくらいだろう。 変わってくれとは言わない。 愛が届けば何かが変わるとも思えない。 だからまあ、今私が祈る最善の答えをきっと、それこそ奇跡と呼ぶんだろう。 herodontsing.

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宿命 歌詞 Official髭男dism ※ facebook.growthbot.org

届け 奇跡じゃなくていい

スチュアートはシンシナティの国立図書館で働く職員。 彼の働く図書館には毎日のように寒さをしのぐためにホームレスの人々がやってきてはそこで思い思いに時間を過ごしていた。 シンシナティの冬は厳しく、冬の時期シェルターは満員になり、ホームレスたちは行き場を失うのだった。 スチュアートはそんなホームレスの人々にも優しく、彼らからも慕われていた。 それもそのはず、彼自身かつてホームレスをしていたことがあるからだ。 スチュアートには犯罪歴やアルコール中毒だった過去があり、困難を克服して図書館で働くようになったのだった。 そんなスチュアートが働く図書館である日、約70名のホームレスが閉館時間になっても帰らずにそのまま占拠する事件が起こる。 彼らの主張は寒さをしのぐために図書館をシェルター代わり使わせてくれというものだった。 パブリック図書館の奇跡のキャスト• エミリオ・エステベス• アレック・ボールドウィン• クリスチャン・スレーター• ジェフリー・ライト• ジェナ・マローン パブリック図書館の奇跡の感想と評価 「ヤングガン」や「飛べないアヒル」で知られる俳優エミリオ・エステベスが主演、脚本、監督を担当した、図書館を舞台にしたハートフルドラマ。 図書館に居座ったホームレスと職員が警察との心理戦を繰り広げる様子を描いた人間ドラマです。 優しさに溢れ、心温まる内容ではあるものの、リアリティーはそれほどなく、ベタな感動を狙った作品ですね。 図書館を舞台にするのは面白いし、図書館に来る客の描写や図書館で起こる訴訟問題などはアメリカらしく、興味深いです。 その一方で警察の描写がいまいちで、検察官や警察を悪者にしようしようとしぎたばかりに現実路線から脱線した感があります。 特に最近のアメリカの警察の暴れっぷりを見た後で、この映画を鑑賞したら甘っちょろいと感じるんじゃないでしょうか。 物語は、凍死するほど寒い中でシェルターのキャパが不足し、安全に一晩過ごす場所がないから図書館で過ごさせろ、こんなの人権侵害だ、と主張するホームレスと、今すぐ抵抗をやめて出て来なさい、さもなければ武力行使する、と脅しをかける警察の対決を見せていきます。 そしてその両者の間に入っていくのが、ホームレス経験者で図書館員の主人公スチュアートで、いわば彼がヒューマニティ溢れる正義の味方として、弱者たちを警察から救う、というプロットになっていました。 警察を分かりやすく悪者としているので、視聴者は自然とホームレス側の目線で物語を見るように仕向けられています。 そしてその通りに見ていけば確かにいい話に聞こえなくもないです。 一方で人によっては警察目線の人もいるだろうし、もしそうなったらあまり共感は持てないでしょう。 ホームレスの主張も分からなくもないけれど、アメリカの国の施設で立てこもりをしたらどんな結果が待っているか想像するのに難しくないですよね。 当然警察は武力を用いて法律違反をした者を抑えに来るわけで、それを承知でデモを起こしたホームレスたちに理解を示すことができるかどうかで、この映画の評価が左右しそうです。 アメリカのホームレスの中には元軍人で、国のために命を懸けて戦った人達も少なくありません。 そして戦場で負傷、あるいは精神的ダメージを受け、社会復帰できず、路上で暮らすことを余儀なくされる人もいるわけで、登場キャラにもそんな境遇の人たちがいましたね。 そもそも戦争に行って散々殺し合いをしてきて、なかなか普通の社会に戻れるもんじゃないでしょう。 そしてそんな退役軍人に対して十分な社会的保障があるかといったら決して十分ではないからホームレスになる人もいるのでしょう。 だから日本のホームレス事情ともまた違いますよね。 そもそも生まれながらにして極貧家庭育っている人達も少なくないだろうし。 実際、アメリカで図書館行くと分かるんだけど、ホームレスか、それに近い人たちが結構いますよね。 ある意味、図書館が彼らの逃避先になっていて、例えるなら日本のネットカフェに近いものがありますね。 そんな背景を考慮したうえでも、この映画を見て僕が一番違和感を覚えたのはホームレスではなく、むしろ警察のほうでした。 不自然にへっぴり腰なんですよ。 実際、あんなじゃないでしょ。 もっと強気で、ガンガン武力行使するでしょって思ったわけです。 この映画の警察は交渉には応じるは、犯罪者に情深いは、なかなか行動に移さないは、アメリカの警察の実態とはかなりかけ離れてるんじゃないかなぁ。 特に立てこもり事件のような類の事件は特にもっとシビアに行くと思いますよ。 いくら無防備のホームレスとはいえ、それを許してしまったらあちこちで立てこもり事件が起きちゃうからね。 そういう意味ではラストのオチはなんか嘘くさいし、いかにも感動を狙った終わり方だったなぁ、という感じがしました。 むしろこの映画は悲惨な終わり方にするべきでしたね。 軽い気持ちで暖を取るつもりで図書館に居座ったら取り返しのつかない結末が待っていた、とかじゃないとね。 なんでもいいけどハリウッド映画の邦題、「奇跡」ってワード使い過ぎだから。

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