クシャナ 殿下。 風が立つことを直視できなかった者

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クシャナ 殿下

「」も参照 声 - 本作の(女性主人公)。 16歳。 風の谷の族長ジルの末娘で、母や10人の兄姉たちは腐海の毒で亡くなっている。 父には深く愛されていたが、母からは愛情を受けずに育った。 谷の少女達を妹のように可愛がり、「姫ねえさま」と慕われている。 苗字は無く自身を「風の谷の(ジルの子)ナウシカ」と名乗っている。 愛と優しさで子どもたちや人々を引き付け、強いリーダーシップで人々を導くカリスマ性を持つ少女。 「風使い」として大気の流れを読み、凧()を自在に乗りこなす。 「腐海辺境一の剣士」と評されるユパ・ミラルダに師事したことで、自身もトルメキアの精鋭装甲兵や土鬼の僧兵(原作のみ)を一騎討ちで倒すほどの剣術の腕前をもち、身体能力にも優れている。 トリウマのカイに乗り、キツネリスのテトを連れている。 彼女からすれば腐海にある生命も等しく愛しい存在である。 密かに腐海の植物を城の地下で育て、腐海から出る毒は大地と水の毒を吸っているからだということに気付いている。 生き物の心を理解し、(念話)の能力も持つようになる。 (原) 同盟国トルメキアから出兵要請を受けて、病床の父ジルに代わり風の谷の代表となり、クシャナ率いるトルメキア軍の作戦に従軍する。 敵対する土鬼(ドルク)の人々とも手を取り、持ち前の行動力とまっすぐな心で多くの困難に立ち向かい、世界の秘密に迫っていく。 母性的な性格で、覚醒した巨神兵を諌めるために「オーマ」の名を授け息子とした。 土鬼の聖都シュワの墓所において、墓所の主から世界再生のシナリオを知らされるが、協力を拒み、汚れた大地に生きてゆく決意を示す。 その後は土鬼の地で暮らし、チククの成人後風の谷に戻った、あるいは森の人の元へ去ったとも伝えられる。 作中では強調されていないが胸が大きいという設定である。 監督のはロマンアルバム『風の谷のナウシカ』 のインタビュー内で「城オジやお婆さんたちなど、死んでいく人をその胸の上で抱きとめてあげるために大きい」と語っている。 『』の第155話(最終話)には、ナウシカに酷似しているキャラクター「小山田真希」が登場している。 声優も同じ。 ジル( 英: Jihl, King Jihl) 声 - 風の谷の族長でナウシカの父。 50歳。 妻とナウシカ以外の10人の子に先立たれている。 かつては風使いとして名を馳せたが、現在は腐海の毒に侵され病の床に伏せている。 原作ではナウシカに谷の行く末を託して病死するが、映画では谷に侵攻したトルメキア兵によって殺害される。 ユパ・ミラルダ( 英: Yupa) 声 - ジルの旧友でナウシカの師。 45歳。 腐海辺境一と称される ながら争いや殺生を好まない人格者で、風の谷ではジルやナウシカと並ぶ尊敬を受けるなど人望も厚い。 腐海の謎を解くためトリウマのカイとクイを連れて旅を続けており、各国の文化や歴史、自然科学にも造詣が深い教養人。 風の谷に久々に帰還する途中、羽蟲にさらわれたキツネリスを人間の子供と勘違いして救助のために発砲、それに怒った王蟲に追われていたところをナウシカに助け出された。 ナウシカがクシャナと共に南方へ向かうと彼女を追って旅立ち、アスベルらと行動を共にする。 漫画版では、大海嘯の後、トルメキアへの復讐に燃える土鬼の女性が放った手投げ弾で左腕を失い、直後に土鬼の戦士の刃からクシャナを庇って壮絶な最期を遂げる。 城オジ(しろおじ) 腐海の毒に冒されたことによる四肢硬化で農作業ができなくなり、城の守りに就いている、年配の男性達。 ミトを除いて、ゴル以下の4人は見た目も言動もくたびれた爺さんのそれ。 ミト( 英: Mito) 声 - 右眼にをした厳つい風貌の男。 40歳。 城オジのリーダー格で、ナウシカの忠臣。 漫画版ではジルの遺言でユパとナウシカを探して土鬼の領地へ入り、聖地シュワに向かうナウシカを追った。 土鬼語を話せるものの上手くは無く、ムズからは「毛長牛が唸っているのかと思った」と言われている。 映画版では状況に応じてナウシカやユパと行動を共にし、主にの砲手や操縦を担当した。 漫画版では残された寿命の長くないことを示唆する場面があるが、映画版ではミトではなくゴルがそのような境遇に立たされている。 ゴル( 映|英: Goru, Gol) 声 - (ゴル) ギックリ、ニガ、ムズと共に、ナウシカの初陣に同行する。 上述のとおり、漫画版と違って映画版では寿命が残り少ない。 映画版では人質としてゴル、ギックリ、ニガの3人が同行する。 トルメキア軍の混乱に乗じて風の谷へ帰還した3人は、ムズも合流してトルメキア軍の自走砲を奪って反乱を起こす。 その後、風の谷が王蟲の大群に襲われる際は、谷の人々を酸の海近くへ避難誘導している。 ただ、その中にムズの姿は見えず、そのまま登場しなくなる。 ギックリ( 映|英: Gikkuri) 声 - (ギックリ) ゴル、ニガ、ムズと共に、ナウシカの初陣に同行する。 ニガ( 英: Niga) 声 - (ニガ) ゴル、ギックリ、ムズと共に、ナウシカの初陣に同行する。 漫画版で土鬼の地へ入った時にはニガが同行した。 ムズ( 英: Muzu) 声 - 無し ゴル、ギックリ、ニガと共に、ナウシカの初陣に同行する。 ジルの遺言でユパの捜索をしていた時はムズが同行した。 上述のとおり、映画版では敵から奪った自走砲を使った反乱を最後に、その後は姿が見えなくなる。 大ババ(おおばば、 英: Oh-Baba, Gram) 声 - 100歳を超える腐海辺境一の年寄り。 映画版では盲目で、原作ではほとんど立ち上がる場面が無い。 「大海嘯」や「青き衣の者」の伝承を語る。 村一番の知恵者であり、村民から敬愛を受けている。 トルメキア兵やクシャナの前でも毅然とした態度を取り、腐海を焼くことの愚かさを警鐘するなど剛毅さを持ち合わせている。 ジル・ナウシカ・ユパを呼び捨てで呼べるほど立場の高い人物であるが、ジルやナウシカの親族ではない。 トエト 声 - 母親になったばかりの若い女性で、ユパに自分の子供のになってくれるよう頼む。 テパ( 原) ナウシカの次代となる風使いの少女。 ナウシカを慕っている。 命の危機にも動じない豪胆な面を持ち村民からも大切にされる一方、彼女の成長はナウシカが谷に戻らない予兆と村民を不安がらせることになった。 テト( 英: Teto) 声 - 小獣キツネリスの一個体。 ナウシカに懐いており、常に行動を共にしている。 「」も参照 ペジテ市 [ ] の住人・出身者。 アスベル( 英: Asbel) 声 - ペジテ市の王子。 16歳。 自国を滅ぼしたトルメキアへの復讐心に駆られ、ガンシップに乗りクシャナの艦隊を襲撃する。 しかし、墜落した腐海でナウシカと出会い、その意思に賛同して世界を救うためにユパらと行動する。 工房都市の王族とあって操船術や機械整備に長けており、劇中でナウシカのメーヴェや風の谷のガンシップの応急修理を手掛けている。 妹ラステルから預かった秘石をナウシカから渡され、腐海に捨てたと告げながら隠し持ち、巨神兵の復活に際して再びナウシカに託した。 映画版では、巨神兵による腐海の排除に賛同しており、ナウシカから「トルメキアと同じことを言う」と指摘されても考えを変えることは無かったが、目的(トルメキア兵排除と巨神兵奪取)のために自らの国を滅ぼし、また罪も無い人々(風の谷の民)までも殺そうとする仲間に失望し考えを改め、ペジテの船に捕えられたナウシカの脱出を助ける。 一連の事件が解決した後は、ユパと共に旅に出た。 当初のプロットでは、ナウシカのお相手になるはずだったが宮崎駿が「くっつきそうだからあえて外した」との旨の発言をしている。 ラステル( 英: Rastel, Lastelle) 声 - アスベルの双子の妹で、ペジテの王女。 16歳。 トルメキア侵攻によりペジテ市を脱出するが、乗っていた難民船が追撃をかわすために腐海に侵入した結果、蟲に襲われ風の谷の近辺で墜落する。 墜落した船体の残骸の下から瀕死のラステルを発見したナウシカに看取られて息を引き取った。 この時、ナウシカに、兄へ渡すようにと巨神兵の秘石を託す(映画ではこのシーンは存在しない)。 映画版では、ペジテ市を制圧したトルメキアの大型輸送船に人質として乗せられていた。 輸送船が、一緒に積んでいた巨神兵の卵の重さに耐えられずに腐海へ侵入して蟲を殺してしまったため、蟲の追撃を受け風の谷周辺の岩壁に激突、墜落してしまう。 ナウシカに看取られ、積荷の巨神兵を燃やすよう頼んで息を引き取る。 映画版のナウシカはラステルを介抱しようと服の胸元を拡げるが、その中を見て驚き、洋服を元に戻す。 実際にラステルの胸部が画面に映らないために、テレビ放映後など視聴者の間で「ラステルの胸には何があったのか? 」という議論が起きる。 「腐海の毒を吸ったため、既に助からないほどに肺が腐っていた」「墜落時の衝撃による怪我がひどかった」「蟲に襲われていた」「トルメキア兵による拷問の跡があった」「奴隷の焼き印があった」等の意見がある。 怪我という説について、視聴者からの質問で宮崎駿自身もそのような説明をしている。 ペジテ市長( 映|英: Mayor of Pejite) 声 - ペジテ市の最高責任者。 生き残った住民のリーダーを務めている。 大国トルメキアに蹂躙されたことから、その報復として蟲を利用してその壊滅を図る。 理性的な人物であるが、目的のためには犠牲もやむ得ないという立場をとっており、風の谷の住人を作戦の生贄にする非情な手段を用い、ナウシカを窮地に追いやる。 トルメキアに対しては憎悪の念を抱いているが、巨神兵による腐海の排除を画策するなど考え方はクシャナと共通している。 トルメキア兵に貨物船を襲われ、住民たちと船室へ追い詰められた際には、爆薬による集団自決を試みた。 ラステルの母( 映|英: Rastel's Mother, Lastelle's Mother,) 声 - ペジテ市の王妃。 ナウシカの心情を理解し、風の谷の住人を救うべくナウシカの救出に手を貸す。 娘ラステルをトルメキアに殺害されてはいるが、風の谷を巻き込んだ報復行為には懴悔の念を抱いている。 初対面のナウシカに「母様」と慕われるほど慈愛に満ちた人物。 なお、ナウシカに「あなたは? 」と問われた時に「アスベルとラステルの母です」と答えずに「ラステルの母です」と答えたのは、ナウシカがラステルを看取った人物であることをアスベルから聴き知り、その礼を兼ねて「ラステルの母です」と答えたものである。 ペジテ市の少女( 映|英: Pejite Girl, Pejite Peasant Girl) 声 - ラステルの母と共にナウシカが閉じ込められていた部屋に現れ、ナウシカと背格好が近いことからナウシカの身代わりを買って出た少女。 ペジテ王族もしくは市長の親族かどうかは不明。 他のペジテ住民たちと共に船室に追い詰められるも、窓際にいたためガンシップの接近にいち早く気づいている。 トルメキア [ ] 王国に属する人々。 クシャナ( 英: Kushana) 声 - トルメキアの第4皇女。 25歳。 原作においてはもう一人の主人公と言える。 容姿端麗かつ優れた武人であり、ヴ王親衛隊である第3軍の最高指揮官として、兵から絶大な信頼と忠誠を得ている。 卓越した戦術的能力と部隊全体を鼓舞する性から、敵軍勢からは「トルメキアの白い魔女」と呼ばれ恐れられている。 思慮深く聡明だが冷徹な態度を貫き、喜怒哀楽など個人的な感情を表に出すことは少ない。 しかし母親への侮辱だけは許さず、逆上し怒りをあらわにすることがある。 またカボの基地で蟲の群れに襲われた際には、死を覚悟した空虚な心境ながら、部下を抱えつつ子守唄を歌うなど母性的な面も見せる。 ナウシカからは、チククを通して「深く傷ついているが、本当は心の広い、大きな翼をもつ優しい鳥」と評される。 対土鬼侵攻作戦では自ら錬成した第3軍の本隊から引き離され、巨神兵の奪取と腐海の南下を命じられる。 戦乱の中、ナウシカやユパとの出会いを経て真の王道に目覚めていく。 今際のヴ王から王位を譲られるも即位せずに「代王」となり、後世においてトルメキア中興の祖と呼ばれるようになる。 映画版では過去に蟲に襲われ身体の一部を失っており、左腕がになっている。 この直後の「我が夫となる者はさらにおぞましき物を見るだろう」と言う台詞から、蟲に襲われた際の傷は他にもあるものと思われる。 巨神兵をトルメキア本国に引き渡すことを良しとせず、その力で腐海を焼き払い、トルメキアからも離反して辺境諸国を統合し、トルメキア本国に抗しようとしていた。 戦陣を指揮する際は鎧に身を包んでいるが、を身に着けるなどの一面もある。 原作では髪飾りの中に、映画版では鎧の踵に隠し武器を仕込んでいる。 原作では戦死した兵達への手向けとして自ら髪を切るが、映画版では終始を編んだ髪型となっている。 ヴ王( 原|英: Vai Emperor) トルメキア国王。 本作は彼が起こした戦争「トルメキア戦役」の物語でもある。 首が胴体にめり込んだ樽のような肥満体の持ち主で、一人称は「朕(ちん)」。 王族間の血みどろの継承争いを征し、正統な王家の血をひく王妃(クシャナの母)と結婚することでこの地位にあった。 一方で母を通じ先王の血を引くクシャナを嫌い、謀殺を図っていた。 第1皇子・第2皇子からは「暴君」、クシャナからも「玉座にしがみ付く老い耄れ」と評されているが、戦利品は全兵士に公平に分配し、巨神兵に対しても恐れることなく堂々と接し、戦闘においては自ら先陣を切るなど王に相応しい度量を持つ人物でもある。 トルメキアで減少し続ける労働力を手に入れるため、また聖地シュワの科学力を手に入れるため、土鬼への侵攻作戦を命じる。 当初、戦は王子達に任せていたが、第1、第2皇子の失態に際し、自ら軍を再編してシュワへ急襲を仕掛ける。 オーマの介入に遭い全兵力を失うも、墓所の主の元へ案内され、ナウシカと共に墓所の秘密を知る。 墓所の主による誘惑には応じず、ナウシカを「破壊と慈悲の混沌」と呼び、最後は墓所の主の断末魔の光からナウシカを庇って虫の息となり、クシャナにトルメキアの王位を譲って息絶えた。 3皇子( 原|英: Three princes) ヴ王の連れ子でクシャナの異母兄である3人の皇子の総称。 ヴ王の命で第2軍を率いて土鬼に侵攻する。 3人とも父王に容貌がそっくりで、体型も皆同じ肥満体。 第3皇子 3人の皇子の末子。 賢い女と生意気な女を嫌う。 カボに船の奪取に来たクシャナと遭遇。 これを妨害し、彼女を抹殺しようと試みるもクロトワの機転により失敗。 そのまま逃げようとするが、船ごと蟲に襲われ死亡した。 第1皇子・ 第2皇子 ヴ王の長男と次男。 絶えず2人で行動しており、外見では区別がつかない。 戦況が不利になったため、兵を見捨てて先に本国へ逃げ帰ったが、理由をヴ王に問われた際、虚偽の報告や言い訳をしたため叱責され、国境の死守を命じられた。 その後、ヴ王とは別行動でシュワへ向かう際、ナウシカとオーマに接触した。 クシャナからは暗愚な小心者と言われているが、本人達はナウシカに対し、「愚者を演じていなければ、殺されていた」と述べている。 ナウシカと共に庭の主に捕らわれ、彼の精神操作によって、以後庭に留まり続けることとなる。 音楽と詩に深い造詣があり、シュワの庭に保管されていた旧世界の楽器(ピアノ)を演奏する。 その腕前は庭の主も「仲々の腕だ」と評価している。 王妃( 原) クシャナの母。 王妃自身が正統な王家の血統をひくため、娘のクシャナのみが正統な王家血統者とされる。 クシャナが幼い頃、3皇子の支持者に「心を狂わす恐ろしい毒」を飲まされそうになった際、身代わりにこれを飲み精神に異常をきたしてしまう。 以来、人形をクシャナだと思い込み、クシャナのことを我が子とは認識できなくなった。 これが元で、クシャナは父と兄達への復讐を誓うことになる。 クロトワ( 英: Kurotowa) 声 - クシャナ配下の軍参謀。 腹心の側近でもある。 27歳。 軍大学院の修了者。 平民出身で、16歳の頃から船乗りだったため操船術に長けており、よりも機動力で勝るアスベルのガンシップと対等に空戦を行うほどの腕前である。 反面、乗馬は苦手としている。 一兵卒から出世した士官として、兵からの人望も厚い。 庶民的な振る舞いが目立ち、実際、生い立ちからくる野心やしぶとさを身上としている。 当然口も悪く、皮肉屋である。 また、長い戦場経験から、人の死や不幸を自明のものとして気にかけない。 一方でどこかとぼけた男であり、数少ないコメディリリーフとしての役割も与えられている。 原作では、表向きは補佐役として辺境作戦に派遣されたことになっているが、実際はヴ王から「秘石」の入手とクシャナの監視・抹殺を命じられていた。 クシャナがヴ王の企みを見破っていたため、ペジテ視察中や第2軍との合流を勧めた際には殺されかかっている。 王都に戻っても、目的の成否にかかわらず暗殺される可能性が高く、また事態がもはや王族の争いどころではなくなりつつあった事から、最終的にはクシャナに寝返った。 以後は有能な右腕として行動を共にしている。 時にはクシャナを蟲の急襲や第3皇子から救い、また自身が重傷を負った際には、逆にクシャナに庇われ一命をとりとめるなど、結果としてクシャナとは一種の相互補完的な関係になった。 劇場版でも同様にクシャナの側近として登場。 飄々とした言動で付き従う様子を「」と評される。 クシャナの命を狙う描写こそなかったが、孵化が進む巨神兵を目の当たりにした際や、その直後に彼女の艦が撃墜されたとの報を受け事実上の最高司令官となった際には、秘めていた野心を仄めかす独白をする。 その後クシャナが生還した事で、その野心を「短い夢だった」と自嘲し、改めてクシャナの配下となる。 道化( 原) ヴ王の傍らに常に寄り添う、小柄な。 ヴ王の言動に対しシニカルあるいは不敬ともとれる言葉を投げる。 荷物に隠れていたため墓所の攻撃によって多くの兵が焼け死んだ中生き残る。 墓所の主までヴ王に随伴し、墓所の主の依り代にされるが生還する。 今際の際のヴ王より、クシャナへの王位譲渡の証人に指名される。 おじさん( 原) 第3軍士官。 固有名称は無くナウシカから「おじさん」と呼ばれていた。 初老の男性で、主に炊事や身の回りの世話をする非戦闘員。 子供の頃に母親をなくし妹を自らの手で育て上げた。 その経験を生かしナウシカの保護した土鬼の子供の世話を快く引き受けていた。 しかし、船が消失し、2,000人の大所帯となったことで子供2人の世話が困難になり、小麦1袋で乳飲み子を失ったというサジュ族の女性に2人の子を託した。 第3軍から離れ、一人旅立つことを決めたナウシカを見送った唯一の人物である。 セネイ( 原) 第3軍士官。 クシャナの忠臣。 トルメキア軍の最南端拠点サパタに派遣されていた。 指揮官としても優秀で、司令部が状況を把握していないことを指摘し、全滅回避と第3軍再建の基礎を残すために、将軍に撤退を進言した。 クシャナの生存を知った時は感極まって涙を流していた。 攻城砲破壊後カボへ向かったクシャナを、本隊撤退後も待っていたが、ヒドラの襲撃を受け無念の死を遂げた。 第3軍 クシャナ直属の部下。 重装甲と高い機動力を誇るトルメキア屈指の精鋭部隊で忠誠心も篤い。 クシャナの下を離れた途端不向きな拠点防衛にあてられるなど、様々な災厄に襲われたため、当初6000人ほどいた第三軍は最後は200人ほどにまでその数を減らしていた。 将軍( 原) 固有の名称は無し。 3皇子率いる第2軍からサパタ駐留第3軍第1連隊の指揮官として送り込まれた人物。 兵を捨て駒として扱い、兵を戦地に見捨てて自らは戦利品を持って逃げるような人物で、兵士からは「土鬼の出陣前の祈祷が終わる前に逃げ出す」「腰抜け」と陰口を叩かれ、クシャナの逮捕を命じた時は、誰も従おうとはしなかった。 クシャナと共にトリウマに乗って攻城砲破壊に出陣するが、攻城砲の零距離射撃を受け死亡した。 土鬼諸侯連合 [ ] に属する人々。 映画版には登場しない。 ミラルパ( 原|英: Miralupa) 神聖皇帝(皇弟)。 常人の2倍はあろうかという身の丈の巨漢で、100歳を超える長寿ながらなどの化学的処置で長寿と若い姿を保っている。 長時間外気に触れると急激に老化が進む為、普段は聖都シュワにある墓所にいる。 その精神は熱く冷たい憎しみに覆われており、生きている闇と評される。 神聖語を扱うことができる。 心を読み取り嘘を確実に見抜くことができる他、念動により人を吹き飛ばしたり、幽体離脱を行い遥か彼方の標的の心臓を握りつぶすなど、極めて強力な超常の力を持つ。 名目上は兄弟で皇帝を名乗っているが、実際にはその力によって皇兄ナムリスから実権を奪取している状態にある。 100年前にはナウシカにそっくりな人物だったとされ、帝位について初めの20年は実権を奪われたナムリスさえも名君と認める慈悲深い皇帝だったが、やがて愚かな民衆に絶望し恐怖政治へと移行した。 圧政を布いていたが統治者としては有能で、才能のある者を貴賎を問わずに登用し、僧会を効率の良い機構として扱っていた。 本来墓所の主に仕える博士でさえ、ミラルパへの忠義のためにナムリス暗殺を謀るなど、配下からの忠誠は厚い。 マニ族僧正から、土王信仰に出てくる伝承の青き衣の者と重なるナウシカの存在を聞かされ、危機感を抱き抹殺しようと試みた。 トルメキアの侵攻に対しては短期決戦を狙って蟲や瘴気を兵器として用いたが、その末に大海嘯が起こり、国土の大半を腐海に呑まれてしまう。 老いと死を何より恐れており、幼少時のから肉体移植(ヒドラ化)を拒んだが、肉体が衰弱したところをナムリスにより謀殺された。 死後は霊体となり、虚無に陥っていたナウシカの中に入り込む。 最後はナウシカとセルムに導かれ、腐海の深部で彼岸へと旅立っていった。 ナムリス( 原|英: Namulith, Namulis) 神聖皇帝(皇兄)。 物語開始当初は強大な弟・ミラルパに実権を奪われている状態にあった。 体が分解する恐怖を克服し、数度に渡る肉体移植により、若いヒドラの体を得ている。 超常の力は持たないが、身体能力と剣術による戦闘力は高く、土鬼皇帝親衛兵を歯牙にもかけないナウシカとも互角に切り結ぶ。 晩年のミラルパをも上回る冷酷な性格で、長年の虚無により狂気に支配されている。 他人の命は元より自分の命にさえ執着を示しておらず、「その血をたぎらせず一生を終えること」だけを恐れる。 巨神兵を最後の望みとしてトルメキアとの戦争を終わらせ、斜陽の人類の最後の砦を築こうとした。 ミラルパ存命中から実権はなかったものの、クシャナと面識があったり、土鬼の長老院の会合に出席する予定があったりするなど、外交的・儀礼的な公務は行っていた。 しかし、クシャナもナムリスが実権を有していないことは知っていた。 ミラルパが戦争のため前線視察に赴いている間にシュワの墓所を制圧し、治療のため帰還した弟を謀殺して実権を取り戻す。 弟の手下である僧会の僧達を公開処刑し、巨神兵を引き連れてトルメキアへ侵攻しようとするが、ナウシカの説得で諸侯が離反、戦艦に乗り込んできた彼女と戦う。 自らの苦悩や人間の虚無・矛盾についてナウシカに問い、ヒドラと共に追い詰めるが、その直後覚醒した巨神兵によって体を破壊される。 最後は叛乱を起こしたクシャナに墓所の主の存在を明かし、頭部だけが生存した状態のまま腐海へ落ちていった。 初代神聖皇帝( 原|英: "First" Dorok Emperor) ナムリス、ミラルパの父。 超常の力を持っていたとされる。 かつては民衆の救済を願う少年であり、200年ほど前、偶然に庭の主の元を訪れ、そこに古代文明のすべてが残されていることを知り、庭の主を師と仰いでいた。 ある日「人間を救いたい」と書き残して庭の主の許から去り、共に連れ出した僅かな数のヒドラと共にクルバルカ家を滅ぼし、降臨と称して土鬼に君臨した。 肉体移植により長寿を保とうとしたが、何らかの異常により身体が分解して死亡した。 ミラルパはその有様を目撃したことが、移植による延命を拒む理由になっている。 チヤルカ( 原|英: Charuka) 軍司令官。 平民出身の僧兵であったが、優秀なものは登用する皇弟ミラルパに取り立てられたため、彼への忠誠心は強い。 トルメキア第3軍が立て籠るサパタ市の包囲戦を指揮していた。 クシャナらの襲撃による攻城砲全滅の責任を負って、軍法に従い司令官を解任されるが、その後も重用された。 ナウシカやチククとの出会いにより国土や国民を大海嘯から救おうとする。 ナウシカに救出された際、右腕を骨折したため、それ以後作中ではずっと固定している。 死亡したと思われた際に僧会の幹部から「チヤルカを失ったのは皇弟様や我々にとって痛手となった」と言われ、ナムリスにも「(弟に忠誠心がありすぎるため殺すのはやむを得ないものの)惜しい人物」と評されている。 元々は僧兵上がりで超常の力を持たなかったが、母艦墜落の危機という緊急事態に陥った際、ナウシカと協力して対処するうちに念話に開眼した。 ミラルパに忠誠を誓いつつも、国と民のことを第一に考えミラルパに諫言も行う良心的な人物で、あらゆる実務で有能だが、職業柄恨みを買うこともある。 マニ族僧正( 原|英: Elder of the Mani tribe) マニ族の長で、神聖皇弟より北上作戦の先遣隊として派遣されていた。 宗教上の理由から光を捨てたである。 王蟲を使ってクシャナの艦隊を壊滅させたものの、王蟲を止めたナウシカが古き伝承にある「青き衣の者」であると感じて作戦を中断し帰還、土鬼軍の作戦に自滅の危険性があることを説いた。 ユパ達を逃がすために壮絶な最期を遂げるが、死後もナウシカを守った。 その超常の力は神聖皇弟に並ぶほどだった。 彼と同じく神聖語を扱うことができる。 ケチャ( 原|英: Ketcha, Kecha) マニ族の娘でエフタル語(当初は片言の男言葉)を解する。 気性は激しく、徒手武術でトルメキア人を打ち倒す場面がある。 僧正の死後、アスベルやユパと行動を共にする。 当初は僧正を死に追いやったユパ達と対立していたものの、徐々に打ち解けていった。 トルメキア人の抹殺を訴える過激な者が多いマニ族の中で、ナウシカや僧正、ユパ達と接してきたため、トルメキア人を嫌っているものの、無益な争いは避けるべきとの考えを持っている。 チクク( 原|英: Chikuku) 先の土鬼王朝であるクルバルカ家の末裔の少年。 本名ルワ・チクク・クルバルカ。 砂漠の中のオアシスで土着宗教の僧達とともに暮らしていた。 粘菌を積んだ土鬼の戦艦が瘴気を撒き散らしたせいでオアシスに蟲が来襲、腐海に没する危険があったため、ナウシカとともに脱出し、以降は彼女と行動を共にする。 メーヴェに乗っていたナウシカを土着伝承の「白き翼の使徒」と確信し慕っている。 非常に強力な超常(念話)能力を持っているが、幼さゆえに能力をもてあまし気味。 人と接する機会が少なかったため、目上の人物に対しても敬語は使わず、安易に能力を用いてチャルカを慌てさせることも多い。 吹き矢を武器として操る。 上人( 原) ナウシカが敬愛する人物で、チククと共にオアシスに隠れ住んでいた土着宗教の僧達の唯一の生存者。 他の僧と共に、墓である祠の奥に暮らしていた。 マニの僧正と同じく宗教上の理由から盲となっている。 ナウシカに、神聖皇帝に追放されこの地に来たことや、土着宗教の古き教えを聞かせる。 ナウシカに大海嘯を止める手段を問われると、「滅びは必然であり、世界が生まれ変わる試練」と答えた。 「優しく、猛々しい風」が来たのを確信すると同時に老衰で死亡。 この後、ナウシカの前に出現する「虚無」が彼と同じ姿を取ったが、それは諦めが強く出たナウシカの心が作り出した幻影であり、上人の本性ではない。 森の人 [ ] の一派であるところの、「森の人 英:Forest People 」と呼ばれる人々。 映画版には登場しない。 セルム( 原|英: Selm) 「森の人」の長の息子で、蟲使いの血筋も含まれている。 腐海の異変を調べるために派遣された。 腐海に墜落したユパ達を救い、ナウシカを導く。 超常の力も持ちあわせている。 セライネ( 原|英: Ceraine) セルムの妹。 ユパ達を救った時にケチャと仲良くなっている。 王蟲の群れを単独で追うナウシカと出会う。 手先が器用で壊れていたナウシカのマスクを修繕した。 その他 [ ] その他の、原作漫画にのみ登場するキャラクター。 オーマ( 原|英: Ohma) 1,000年前に人類によって創造された調停と裁定の神「巨神兵」の一個体。 ペジテ市の地下で発見された骨格から再生し、後に土鬼軍が人工子宮を使って成長させた。 ナウシカから「無垢」を意味する「オーマ」の名を授けられる。 「」も参照 庭園の主( 原|英: Master of the Garden) シュワから20リーグ ほど離れた廃墟に偽装された集落に住むヒドラ。 1,000年以上生きている。 古の詩や曲、古代の生物などの、科学文明が本格化する前の文化を伝えるため、科学文明消滅期に人類によって作られた庭園を管理する。 この庭園は他にもいくつか存在するとナウシカは推測しており、汚れた人類と腐海が消滅し、世界が清浄に戻った後、その庭園に伝えられる物を世界に戻す「種」の役割を担っている。 穏やかな気質で命を奪うことはしないが、瞬時に人の心を探る能力を持ち、訪れた人の心に入り込み、悲しみや苦痛を忘れさせ呪縛してしまう。 反面で残酷さも兼ね備え、意見の異なる者に対しては冷徹な問題提起を行う。 決まった容姿を持たず、ナウシカの前に現れた際、最初は端正な顔立ちの男性だったが、次いで母親に似た女性の姿となった。 墓所の主( 原|英: Master of the Crypt) 浄化の神。 1,000年前に人類によって多数創造された人工神の一つ。 新たな人類の夜明けの為に世界の真実をひた隠し、現在の世界を司ってきた文字通り神たる存在。 その実態はシュワの墓所の地下最深部に存在する球形の肉塊。 旧世界の高度な技術や腐海の秘密を守り続ける一種のバイオコンピュータで、腐海が消滅し大地と大気が浄化されるまでの間、世界を司る役割を持つ。 夏至と冬至の年2回、1行ずつ表面に古代文字が浮き出てくる。 この文字は世界の成り立ち、生命の秘密を記したものであり、教団はこの文字を解読する事で旧世界の技術を実現している。 文字は腐海消滅までのリミットも示しており、全ての文字が出現した時、世界は浄化され腐海は滅びる。 庭の主とは好対照を成すものであり、科学技術を含めた人類文明の全てを内に秘め、それに基づいた人類の再興を「希望」と位置付けている。 強力な精神操作能力を有しており、協力を拒否したナウシカとヴ王を己が求める希望の敵として抹殺しようとしたが、ナウシカに導かれたオーマに破壊される。 墓所の外郭を含めて体液は王蟲と同じ成分で、より深い青色をしている。 教団( 原) シュワの墓所を守り、歴代の土鬼王朝に科学技術を提供してきた集団の総称。 正体は体をヒドラに置き換えて、みずから延命措置を施した科学者達であり、頭巾をかぶって顔を隠している。 表舞台に出てくる博士は、神聖皇帝との取り決めに従い僧会に提供された下人。 彼らは自らを「墓所の主の下僕として中に住むことを許された選民」と語っている。 選民思想が強く、墓所の主に従い、下人を除いて世俗権力には上から物を言う傲慢な態度を取る。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ].

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ナウシカのクシャナ殿下がかわいいし強い理由は?最後は生き残るの?

クシャナ 殿下

【第3巻 110頁及び117頁】 (背景) 土鬼に侵攻したトルメキア軍であったが土鬼軍の反攻に遭い、不利な状況に追い込まれていく。 第四皇女クシャナが手塩にかけて育成した軍は土鬼攻撃軍に編入されてしまっていた。 クシャナは「辺境諸族を取りまとめ外縁から土鬼を攪乱せよ」という不条理な命令を受けるも、考えるところがあり、それを粛々と実行。 土鬼の罠により、コルベット一機のみとなってしまったクシャナ軍であるが、編入されてしまった配下を取りまとめて首都へ舞い戻る作戦を立案。 そのために、サパタ城を占領したトルメキア軍が土鬼軍に包囲され、まさしく総攻撃の直前で風前の灯火となっていた配下のところにコルベットで舞い戻る。 予想外の殿下の到着に一気に士気が上がる戦士たち。 クシャナはこの窮状の打開のために、直ちに奇策に売って出ようとする。 それはまずは城の前面に砲を放ち、その煙で城を隠し、その間に城壁をぶち抜いて、騎兵たちが一気に出陣。 その機動力を活かして、土鬼の攻撃の主力兵器の攻城砲を壊滅することで、土鬼の攻撃力を激減させ、時間稼ぎをしようとするもの。 さすがの策士・参謀クロトワも「城壁をぶち抜いて奇襲しようとはおそれいったぜ」「兵学校の答案なら零点だよ」と感嘆する。 「兵学校の答案なら零点」という、既存の価値観やルールに合わない発想、いわば既存の既得権とは一線を画すという発想といえる。 まさにこの作戦こそが、その「既得権」への挑戦の第一歩だ。 クシャナ自身も「よいか、この戦は祖国への旅の第一歩と思え。 犬死は無用。 蛮勇も許さん」そして「速力が武器だ」として部下を鼓舞する。 (感想) この「速力が武器だ」がずっと印象に残っているのです。 もう少しいうと「時間」の価値の重要性といったところでしょうか。 奇襲というのは、敵に気づかれない中でいきなり攻撃することがまさにその本質です。 特にこの状況では、強力な攻城砲を有する土鬼軍は、総攻撃すれば、余裕で勝てる、コルベットが一機来たところで無意味だ、しかもそのコルベットも破壊した、とタカをくくっていたわけです。 攻撃時刻の予定も変えなかった。 ですので、もちろん土鬼の総攻撃前に仕掛けなければならない、ということはありますが、とにかく「すぐにできる最善の策で打って出る」という考え方が、この「速力が武器だ」という表現に集約されているのではないか。 チンタラと「兵学校で高い点を取れる作戦」などを立案しているヒマはないところ、「直ちに」作戦を立案し、「直ちに」実行に移すということの重要性。 このため、たとえ優れた作戦でも「時間」がかかるのであれば、その価値は大いに減殺されるということかと思われます。 クシャナの状況では、それは死滅を意味していました。 私の好きなビジネス書の著者は「仕事に対する熱意はスピード以外では表現できない」とも言っています。 「スピード」「速度」それは「時間」に対して重い価値を置くという考え方でしょう。 締め切りに間に合った60点の内容と、締め切り超過をした100点の内容とでは、当然前者に価値がある。 例えばクレーム対応でも、内容はともかくも、とにかく「迅速にやってくれた」という価値は大きい。 これはその客の申し立てを重要なものととらえているというメッセージでもある。 客としては「自分の申し立てに応じてくれた」という価値が大きい。 このことをわからずに、チンタラ対応して、結果として客の不満を増大させるサービス産業も多々ある。 すなわち「時間」の価値をどれだけ重くとらえるのかということかと思いますが、まさにこの「速力が武器だ」は、その発想の重要性を端的に示す名セリフというほかありません。 私も仕事や、さまざまな場面でクシャナほどとはいきませんが「速力が武器だ」を心がけている次第です。 引き合いにだす例として適切かどうか分かりませんが、よく以下のような選択肢が提示されます。 しかし、この主張は「1年」の時間の価値が全く分かっていない。 10万円を直ちに手に入れれば、何かしらの有意義なものに使うことができる。 もしかしたら意中の彼女を高級ホテルのディナー(+その後)に誘うことができるかもしれない。 しかし彼女は「1年」も待ってくれないかもしれない(あくまで例えです)。 「速力が武器だ」の思想においては、直ちに10万円をゲットして、それを使って、何か別の価値に転換する、いわば投資をしてリターンを出す、ということが重要なのです。 なぜ長期の国債の利率が短期よりも高いかというと、それは国側から言うと「長期間使わせてもらえるから」なのです。 買う方からいうと、「長期間他のことに使う機会を奪われるから、その見返りも大きい」となるわけです。 ということで、引き続きクシャナ殿下の言いつけ通り、何事も「速力が武器だ」で取り組みたいと思います!.

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ナウシカ原作 名場面・名台詞② クシャナ殿下の「速力が武器だ」

クシャナ 殿下

5月6日の記事で取り上げた 「風が吹くとき」ですが アニメファンならずとも、 これを聞いたら、思い起こすタイトルがあるはず。 そうです。 2013年に宮崎駿さんが監督した 「風立ちぬ」。 公開当時は引退作品と言われました。 もっとも宮崎さん、 出世作「風の谷のナウシカ」のころから 何かにつけて引退を叫ぶくせがあった人。 1997年の 「もののけ姫」も 最後の作品ではないかとずいぶん言われました。 「風立ちぬ」は70歳を過ぎての作品ということもあって いよいよ本当に最後か? と思わせるものがありましたし、 ご本人もそのつもりだったと推測されますが、 結局は新作長編の絵コンテに取りかかっているとのことです。 彼のような天才は どれだけ年齢による体力の衰えを感じようと 結局、つくることをやめられないのでしょうね。 それはともかく。 「風が吹くとき」の原題は WHEN THE WIND BLOWS. 一方、「風立ちぬ」の英語題は THE WIND RISES となっています。 英語でも明らかにつながりが感じられますが ポイントは「風が吹くとき」が 近未来の核戦争を描いているのにたいして 「風立ちぬ」は 太平洋戦争において活躍した 零戦を設計した人物の物語であること。 しかるに太平洋戦争こそは 史上初の核爆発で幕が下りた戦争だったのです。 「風に乗って空を飛ぶ」ことへの素直な憧れから、 人間は飛行機を開発した。 しかし飛行機は軍事利用されることで、 戦争のあり方を大きく変えた。 そして1945年、 飛行機から核爆弾が投下され、 世界を滅ぼすことになるかも知れない風が吹いた・・・ そんなコンセプトで物語をまとめるのではと思ったのです。 この解釈にしたがえば 広島・長崎への核攻撃は まさしく真珠湾攻撃の帰結になる。 1941年末に生まれた風が 1945年夏、猛然と吹いたというわけです。 そして占領時代、 日本では飛行機産業が禁止されることに。 言い替えれば、風に乗ってはいけなくなってしまいました。 飛行機に憧れ、 真珠湾攻撃に使われた戦闘機をつくった男は、 この歴史にどう向き合うのか? こう言っては何ですが この方向性で作品を仕上げていたら 「風立ちぬ」は大変な傑作になったと思いますよ。 テクノロジーと戦争の関係、 何かを夢見ることの責任など、 いろいろ深いテーマが扱えますからね。 そして映画の前半には この方向に進みそうな気配があった。 いや、観ていて興奮したものです。 しかし後半、宮崎監督はみごとにこの方向性を放棄する! 戦争が近づいてくるにつれて 零戦の開発をめぐる物語より 主人公のラブストーリーが前面に押し出され ついには真珠湾攻撃すら描かないまま 夢の世界に自閉する形で終わってしまったのです。 なにせ主人公の 堀越次郎は 映画の幕切れ、 時間も空間も飛び越える形で 尊敬していたイタリア人の先輩設計士 ジャンニ・カプローニと酒を飲みに行くんですから。 これじゃ「風立ちぬ」じゃなくて「風止みぬ」だろうに! とまあ、失望させられたわけですが 今にして思えば 零戦の設計者を主人公にした映画をつくりながら 戦争の現実にまったく直面できなかった 宮崎駿さんの姿勢は 北朝鮮の弾道ミサイルの脅威について取りざたしながら ミサイルによる破壊の現実にまったく直面できていない わが国政府の姿勢と みごとに重なります。 そしてそのような姿勢が 「風が吹くとき」を思い出させる とコメントにいたっては もはや出来すぎというべきではないでしょうか? そうです。 風が立つことを直視できなかった者は 風が吹くことにも直面できないのです。 鈴木敏夫プロデューサーに零戦が飛ぶシーンを描かせてほしい旨を伝えた様ですが、どういう訳か主人公の演者に抜擢。 そして、昨年に監督として手掛けたのが『シン・ゴジラ』 当該作品への佐藤先生の「ガラパゴス上等ではないのか」というご指摘と今回の「夢の世界に自閉する」幕引き… 師弟関係…とするのは違うらしいのですが、両者の共通項もおぼろげながら見えてきたのかもしれません。 「ハヤオ的美学」は左右共通の思考停止!?(苦笑)• 戦中の日本人は軍部に騙された被害者だという歴史観に立つとああいう結末を迎えてしまうのも必然のような気がします。 たしか宮崎監督は、日本人であるというだけで、あの時代に加担したことになる、無実な人間を描くのは不可能。 という発言をしていたと記憶していますが、こうなると日本人=被害者というのは成立しない筈です。 堀越の様な技術者までも被害者だったと見せかけるためには、堀越は他人や社会に興味がなく自分の美しい夢だけを追いかけるというエゴイストに設定するしかありません。 堀越はただ美しい飛行機がつくりたかっただけであり、そこには善も悪もなく、たまたま危機の時代に生まれてしまっただけという事で、戦争の責任から逃れられるという寸法です。 しかし美しい夢だけを追いかけるのが許されるのは子供の時だけでしょう。 結局宮崎監督がやったことは子供のままの大人を美化しただけのように思います。 自分の美しい夢さえ叶えば他はどうでもいいと構える人間に他者はいりませんからね、最後は夢の世界へと旅立って終わるというのも納得です。 漫画版ナウシカ最終巻でも思いましたが、ヒューマニズムに拘るあまりニヒリストになってしまったのが宮崎監督ではないでしょうか。 なるほど、漫画版のナウシカ評、納得しました。 しかし、そうだとしても、私が一つ作者の宮崎駿氏について感心していることがあります。 それは、トルメキア王国ではその後、クシャナが代王となり、その後、トルメキアは王を持たぬ国となった、との記述です。 トルメキア王国が日本の保守派だと私は言いましたが、正に女系天皇とか女性宮家とか、その後の万世一系の皇統崩壊への議論(まぁ今回はそれを避けられそうではありますが、「退位」の話など、おぞましくて聞いてられません)を見ていると、彼の描いてた通りだなぁと。 まだ連載終了の頃は、旧宮家のご子息に政府から皇籍復帰の打診が密かに行われているなどという記事が出てたような、今日のような議論は全然考えられない頃だったので、あの慧眼は凄いなと思いました。 余り愉快な話ではありませんが、率直にそう思います。 宮崎駿がその当時、漫画版ナウシカの最終で描いた記述、 >トルメキア王国ではその後、クシャナが代王となり、その後は、トルメキアは王を持たぬ国となった という記述は、正に佐藤先生の仰るとおり、 >クシャナ殿下が死去したあとは、トルメキアも共和制になった というご指摘そのものです。 今まさに、当の保守派によって、それが日本の眼前に迫りつつあるという恐怖。 宮崎駿の慧眼たるや、恐るべしです。 彼はその後も、啓蒙や、文明、近代などといったものが、人間の紐帯、土地との結び付き、土着のワケの分らない神々や物の怪、秘蹟やら魔法やらと人間の結び付きとを、見事に剥ぎ取って、人が丸裸にさせられていく悲惨さを、まるでデュルケームやマルクスがそれを指摘するように、繰返し繰返し描き続けました。 彼の左翼的背景を鑑みれば、それもまた然りというところでしょうが、でもしかしながら、私はそこに彼の哀しみ、その保守性より来る哀しみが誠に感ぜられるような気がして、とても愛おしく思うのです。 やはり天才(の表現)は、そういうものなのでしょうかね。

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