獣王星。 【星のドラゴンクエスト(星ドラ)】「冥王ネルゲル(魔王級)」の攻略方法|ゲームエイト

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貪欲に葉を伸ばす植物の匂いを乗せた風が、崖の上まで吹き上げてくる。 日射しが強い。 「あの尾根を越えた辺りで植生が変わる。 ベラ・ソナーもいるが、土壌が豊かだから土から養分を摂る大人しいやつも多い…… 拓くことができれば、それなりの人数を養えるぜ?」 岩場の先に立ち、ザギが緑の連なりの向こうを指す。 真っ直ぐ伸びたその腕がトールに思い出させるのは、野童の森での日々だ。 ザギにこの星のことを教えてもらうのが好きだった。 ザギの知的で落ち着いた話しぶりは、この星をまるで冒険の舞台のように、危険だけど豊かで興味深いものにしてくれた。 今も、こうしてザギの知識に触れるたびに、トールはその豊かさに舌を巻く。 「へぇ、知らなかったな…… 土地のことはサードが色々教えてくれたんだけどな」 黒髪が風に舞うのを押さえながら尾根の先に目を凝らすトールを、ザギが鼻先で嗤う。 痩身に旅装束のままのマントを羽織ったザギの背中を眺めながら、トールはふとカリムの言葉を思い出す。 あの背中が全てだった、と。 あの背中を追って人生を決めたのだ……と。 ザギが大地を指さして語るとき、淡々とした口調の底には全てを支配しようとする意志が広がっている。 だけどそれは、むしろ人間が新しい土地に踏み出すときの欲に似ている。 もっと知り、手に入れたいと望む欲求。 独裁者の傲慢ではなく、先駆者の容赦ない前進。 手に入れたものにしがみつくのではなく、行き着く果てがどこであったとしても、己の力で道を拓く手応えを楽しもうと…… 風にマントを翻らせて着実に進む背中は、先に広がる風景の色を変える。 そしてトールが幼い頃から変わらず持っていた欲と響き合う。 全てを知り、納得したいという望みと。 「どうする?」 ザギが振り返って問う。 冷たい瞳の奥にちらちらと、獲物を狙う蛇のように、慎重だが欲深い輝き。 ザギはそうやってトールを試す。 「もちろん、やるさ」 肌がざわつくまま、トールは一歩踏み出してザギの背に腕を回す。 「どうせ、そんなのはただの手始めなんだろ?」 ユノのバックアップがない今、この星に残されたほんの一握りの人間、自然の中で押し潰されそうになっている種を繋いでいくためには、ただ目先の小さな開拓程度では足りない。 たとえその小さな一歩すら、誰も手を付けようと思わなかったような困難であったとしても…… いや、冷たい紫の瞳には、そんなものは広い盤面の上に指すほんの一手にしか見えていないのだろうけれど。 腕に力を入れてトールが引き寄せると、ザギは肩越しに愉しげな視線を流して返した。 トールは子供っぽく肩を竦めてみせる。 「よく言うぜ…… 獣王が」 低く掠れた、トールを煽るときの声で。 ざあっと抜けた風が、一際濃く緑の匂いを運んだ。 ザギが自分をそう呼ぶときの声が、トールは好きだ。 それは他の者たちの憧憬に満ちた呼び掛けとは違う。 ザギが冷酷な仮面を剥ぎ、一人の男として生々しい欲を見せるときの声。 トールは息を吐いてザギの肩の窪みに鼻先を埋めた。 緑の中でも、馴染んだ匂いがした。 「こんなところで欲情したのか?」 「…… ザギが煽るからだろ」 囁き交わす二人の前には、獣が生きるのに相応しいキマイラの大地が広がっている。 - [newpage] 2. 「あ…… えっと、す、済みません!」 慌てて踵を返そうとする部下を、長椅子から普段と変わらない声でザギが呼び止める。 子供ように無邪気に目を閉じ、静かな寝息を立てている。 眠る王の頭を守るように片膝を立て、黒い髪に手を置いたザギは、髪を梳いてやっていたのか、ただ手触りを楽しんでいたのか。 「あの、大した話じゃなくて……」 もじもじと視線を逸らすが、彼はザギの性格を知りすぎるほど知っている。 報告しろと言われた以上は、たとえそれが場違いで間抜けな報告であっても誤魔化すことは許されないと。 かくして、扉を開ける前にちゃんと断りを入れなかった自分の不注意を嘆きながら、ケビンはぽつぽつと、西の斜面で見つかった新種とみられる植物の芽のことを報告した。 「あ、でも本当に新種かどうかは…… ただ、誰も知らなくて……」 「分かった。 後で俺が行く」 話は終わり、だ。 それでも何となく、ケビンは頭を下げずにいられなかった。 「あの、こんな話でお邪魔して済みませんでした」 「邪魔?」 「あ、えっと、つまりその……」 ザギのシャツもズボンも、よく見ればまるで一度脱いだものを無造作に羽織り直したように乱れている。 トールに至っては上半身は裸、背に上着を掛けているだけだ。 そんなことまで気づいてしまった自分を恨めしく思いながら、ケビンは言葉を濁した。 クッと可笑しそうにザギの喉が鳴る。 「お前がくだらない事で騒ぎ立てるバカじゃないことは知ってるさ」 言葉と共に注がれる落ち着き払った視線。 思わずケビンは背を正す。 「は、はい! もちろんです」 ザギの冷たい瞳は、ケビンがこの星で最初に出会った心を捉えるものだ。 ケビンには、キマイラ生まれのカリムのような鋭敏な感性も激しい決断力もない。 それでも、大人しく肩を丸めて日々をやり過ごしているだけだった彼を、ふらりと現れた少年の冷たいまでに豪胆な落ち着きが変えた。 吸い寄せられるままに近づき、その為にナイフや銃を人に向けることも恐れなくなった。 極寒のブリザードも、群れを率いる優美で残酷な白い狼の姿さえ見失わなければ怖くなかった。 確かに獣王トールは美しい。 その造形も、青い瞳も、聡明で真っ直ぐな佇まいも、ケビンが見たことがないほど美しいものだ。 けれど、それでもケビンを支配するのはザギの冷たさだった。 「この昼の始まりは西からの風が強かったな…… 種子が飛んできていても不思議はない」 「そう…… ですね」 「西には、まだ知られていない土地が多い」 「はあ」 ふん、と小さく呟くザギの姿に、ふと一つの思いつきがケビンの頭に浮かんだ。 だが、ザギの口の端に浮かんだ鋭利な笑いが答えだった。 「いずれな」 不意に、小さな部屋でカリムと一緒にザギを囲んでいた頃の浮き立つような憧れが、ケビンの胸に懐かしく込み上げた。 「だったら俺も連れてってくれよ、ザギ」 思わず昔の口調まで戻ってきて、気のいい部下は気まり悪さに頭を掻く。 「…… す、済みません……」 「いいさ、前にも言ったろ? ザギと呼べって」 少年のような服装のまま、首筋だってむしろ華奢なのに、他者を従える者の声でゆったりとザギは話す。 ケビンの心を捉えて離さないルールを。 「なぁ、ケビン…… 付いてくるのは構わないが、一度乗った船からは降りれないぜ?」 「もちろんだよ、ザギ!」 弾んだ足取りでケビンが部屋を出て行ったあと、ザギの膝の上でボソリと恨めしげな呟きが漏れた。 「俺を置いてどっか行く相談かよ」 「盗み聞きか?」 「お前とケビンが話し込んでるから起きるタイミングを逃したんだろ」 ムッとして睨み返すトールの頭に「へぇ?」と小馬鹿にした感嘆が降ってくる。 「~~~ とにかく、西に行くって何だよ? どうせまた、俺を置いてけぼりにする気だろ」 トールが体を起こして迫れば、憎たらしく余裕たっぷりに首を傾げて。 「嫌なら俺の足でも斬り落としとけよ」 ラーイを捨てろと言った時のように、容赦なく、逃げ道を残さずに。 「そんなことできるわけないだろ!」 思わずザギの胸倉を掴んだトールは、ふと我に返って腕に体重を掛けた。 「けど、足腰立たないようにする…… っていうのは有り、かな?」 押し倒される格好になったザギが、重さに耐えながら口の端を上げる。 「へぇ…… 言うようになったじゃないか」 トールの内の獣を誘う、挑発的な声音で。 ザギは正しい。 何も知ることなく、自分の存在に託された願い…… 生きることの本当の意味も知らずに。 けれど、トールは時々思うのだ。 自分だけの力で野童の森を抜け出そうとするのではなく、いつかザギが旅立つときに、ラーイと一緒にその後を追っていたなら。 それは夢のように甘い考えかもしれなかったが、トールの心を懐かしさとも憧れともつかないもので満たした。 「やっぱり、俺も行く。 それまでに、獣王なんか要らない国にすればいいだろ?」 そう言って、意地悪な混ぜっ返しが来る前に、トールはザギの唇を塞いだ。 甘く噛み返されたのがどんな意味なのか、トールには分からない。 ただ時々、ザギはトールに優しいのだ。 - [newpage] 3. ザギが身を捻るとき、赤い筋のようなものがチラリと見える。 それは消えることのない傷痕だ。 指を滑らせて、トールはその僅かな盛り上がりを確かめる。 唇を重ね舌を絡めながら一方で傷をなぞると、ザギはトールの下で身じろぐ。 トールは体重を掛けてザギを押さえ、親指の腹をゆっくりと何度も行き来させて傷痕を確かめる。 トールがザギに付けた痕。 手のひらを赤い血で濡らし、ザギはトールを獣王と呼んだ。 顔を上げれば漏れる、熱い息。 「ここ、もう痛まないのか?」 指を当てて問うと、「まぁな」と軽い返事が返ってくる。 ザギの薄い色の瞳は狡猾で、トールに本当のところは分からない。 ただ、あの冷たい空気と、まだ冷めきっていない血の匂いが記憶の狭間から漂ってくる。 あれは過ちの記憶だ。 多分、この星の上でただ一度だけ、身を守るためでも何でもなく、一時の激情のために間違って人を傷付けた記憶。 けれど、トールの体は熱を持つ。 あの時、夜の昏さと雪の白さの間で血が流れた。 溢れたのは、血だけではなかった。 カリムの死を受け入れたときの、静かな愛惜。 ガキだったんだよな…… と、ため息のように漏れた寛容さ。 血と共に、冷酷な白い獣の皮の下から一人の男の情と、潰えた望みと、そして凄絶な色香が滲んだ。 死を前に、自らの腹に刃を立てた相手を確かめて笑う獣など、人間しかいない。 もう一度、見たい。 そんな欲望が、白い肌に刻まれた傷痕を目にする度に、トールを動かす。 あの時は、過ちの自覚と目まぐるしく動いていく状況の中で、ザギが差し出したものを充分に理解することができなかった。 だから、もう一度。 無意識にザギの下腹部をまさぐる動きに力が入る。 急ぐな、と止める手を無視して、腹の傷を吸い上げる。 冷たい目をした獣の皮を剥いで、内に流れる熱い血を、ザギが普段は決して見せないあの顔を、抱きたい。 トールが視線を向けた先、冷たい瞳の奥にゾクリとするような色が浮かぶ。 血のように生と死を繋いで脈打つ色香。 ザギが薄っすらと笑う。 「…… いいぜ、やれよ、獣王」 -Fin-.

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ストーリー 西暦2436年、地球から150光年の距離にあるバルカン星系に移民していた人類は太陽系から独立し、独自の政府を築いていた。 バルカン星系の首都であるコロニー「ユノ」に住む双子の兄弟、 トールと ラーイは政治家でかつ科学者の両親を持つエリートの出自。 11歳の彼らもエリートへの道を歩む日々を過ごしていたが、ある日両親が殺され、トールとラーイの二人も今まで存在さえ知らずにいた、死罪のものが送られるという死刑惑星「キマエラ」に落とされる。 厳しい環境で想像を絶する生態系をもつキマエラは 獣王と呼ばれる王が支配する弱肉強食の世界。 最先端の設備に囲まれ環境も整備されたコロニーで育ったトールとラーイにとっては生きることさえ困難な星だが、生命力に溢れるトールは惰弱な弟ラーイを連れ、生き延びるために戦っていく。 高い適応力を見せ短い期間でキマエラに順応していくトール。 やがて、獣王になればキマエラの外に出られることを知ったトールは、両親の殺害と自分達がキマエラに落とされた理由を知るために獣王になることを目指す。 登場人物• (CV:)• (CV:)• (CV:)• (CV:)• (CV:)• (CV:)• (CV:)• (CV:)• (CV:)• (CV:)• (CV:)• (CV:)• (CV:) アニメ 2006年4月から6月まで枠の第4作目として放送された。 制作は。

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#獣王星 #トール 【獣王星】Longing

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貪欲に葉を伸ばす植物の匂いを乗せた風が、崖の上まで吹き上げてくる。 日射しが強い。 「あの尾根を越えた辺りで植生が変わる。 ベラ・ソナーもいるが、土壌が豊かだから土から養分を摂る大人しいやつも多い…… 拓くことができれば、それなりの人数を養えるぜ?」 岩場の先に立ち、ザギが緑の連なりの向こうを指す。 真っ直ぐ伸びたその腕がトールに思い出させるのは、野童の森での日々だ。 ザギにこの星のことを教えてもらうのが好きだった。 ザギの知的で落ち着いた話しぶりは、この星をまるで冒険の舞台のように、危険だけど豊かで興味深いものにしてくれた。 今も、こうしてザギの知識に触れるたびに、トールはその豊かさに舌を巻く。 「へぇ、知らなかったな…… 土地のことはサードが色々教えてくれたんだけどな」 黒髪が風に舞うのを押さえながら尾根の先に目を凝らすトールを、ザギが鼻先で嗤う。 痩身に旅装束のままのマントを羽織ったザギの背中を眺めながら、トールはふとカリムの言葉を思い出す。 あの背中が全てだった、と。 あの背中を追って人生を決めたのだ……と。 ザギが大地を指さして語るとき、淡々とした口調の底には全てを支配しようとする意志が広がっている。 だけどそれは、むしろ人間が新しい土地に踏み出すときの欲に似ている。 もっと知り、手に入れたいと望む欲求。 独裁者の傲慢ではなく、先駆者の容赦ない前進。 手に入れたものにしがみつくのではなく、行き着く果てがどこであったとしても、己の力で道を拓く手応えを楽しもうと…… 風にマントを翻らせて着実に進む背中は、先に広がる風景の色を変える。 そしてトールが幼い頃から変わらず持っていた欲と響き合う。 全てを知り、納得したいという望みと。 「どうする?」 ザギが振り返って問う。 冷たい瞳の奥にちらちらと、獲物を狙う蛇のように、慎重だが欲深い輝き。 ザギはそうやってトールを試す。 「もちろん、やるさ」 肌がざわつくまま、トールは一歩踏み出してザギの背に腕を回す。 「どうせ、そんなのはただの手始めなんだろ?」 ユノのバックアップがない今、この星に残されたほんの一握りの人間、自然の中で押し潰されそうになっている種を繋いでいくためには、ただ目先の小さな開拓程度では足りない。 たとえその小さな一歩すら、誰も手を付けようと思わなかったような困難であったとしても…… いや、冷たい紫の瞳には、そんなものは広い盤面の上に指すほんの一手にしか見えていないのだろうけれど。 腕に力を入れてトールが引き寄せると、ザギは肩越しに愉しげな視線を流して返した。 トールは子供っぽく肩を竦めてみせる。 「よく言うぜ…… 獣王が」 低く掠れた、トールを煽るときの声で。 ざあっと抜けた風が、一際濃く緑の匂いを運んだ。 ザギが自分をそう呼ぶときの声が、トールは好きだ。 それは他の者たちの憧憬に満ちた呼び掛けとは違う。 ザギが冷酷な仮面を剥ぎ、一人の男として生々しい欲を見せるときの声。 トールは息を吐いてザギの肩の窪みに鼻先を埋めた。 緑の中でも、馴染んだ匂いがした。 「こんなところで欲情したのか?」 「…… ザギが煽るからだろ」 囁き交わす二人の前には、獣が生きるのに相応しいキマイラの大地が広がっている。 - [newpage] 2. 「あ…… えっと、す、済みません!」 慌てて踵を返そうとする部下を、長椅子から普段と変わらない声でザギが呼び止める。 子供ように無邪気に目を閉じ、静かな寝息を立てている。 眠る王の頭を守るように片膝を立て、黒い髪に手を置いたザギは、髪を梳いてやっていたのか、ただ手触りを楽しんでいたのか。 「あの、大した話じゃなくて……」 もじもじと視線を逸らすが、彼はザギの性格を知りすぎるほど知っている。 報告しろと言われた以上は、たとえそれが場違いで間抜けな報告であっても誤魔化すことは許されないと。 かくして、扉を開ける前にちゃんと断りを入れなかった自分の不注意を嘆きながら、ケビンはぽつぽつと、西の斜面で見つかった新種とみられる植物の芽のことを報告した。 「あ、でも本当に新種かどうかは…… ただ、誰も知らなくて……」 「分かった。 後で俺が行く」 話は終わり、だ。 それでも何となく、ケビンは頭を下げずにいられなかった。 「あの、こんな話でお邪魔して済みませんでした」 「邪魔?」 「あ、えっと、つまりその……」 ザギのシャツもズボンも、よく見ればまるで一度脱いだものを無造作に羽織り直したように乱れている。 トールに至っては上半身は裸、背に上着を掛けているだけだ。 そんなことまで気づいてしまった自分を恨めしく思いながら、ケビンは言葉を濁した。 クッと可笑しそうにザギの喉が鳴る。 「お前がくだらない事で騒ぎ立てるバカじゃないことは知ってるさ」 言葉と共に注がれる落ち着き払った視線。 思わずケビンは背を正す。 「は、はい! もちろんです」 ザギの冷たい瞳は、ケビンがこの星で最初に出会った心を捉えるものだ。 ケビンには、キマイラ生まれのカリムのような鋭敏な感性も激しい決断力もない。 それでも、大人しく肩を丸めて日々をやり過ごしているだけだった彼を、ふらりと現れた少年の冷たいまでに豪胆な落ち着きが変えた。 吸い寄せられるままに近づき、その為にナイフや銃を人に向けることも恐れなくなった。 極寒のブリザードも、群れを率いる優美で残酷な白い狼の姿さえ見失わなければ怖くなかった。 確かに獣王トールは美しい。 その造形も、青い瞳も、聡明で真っ直ぐな佇まいも、ケビンが見たことがないほど美しいものだ。 けれど、それでもケビンを支配するのはザギの冷たさだった。 「この昼の始まりは西からの風が強かったな…… 種子が飛んできていても不思議はない」 「そう…… ですね」 「西には、まだ知られていない土地が多い」 「はあ」 ふん、と小さく呟くザギの姿に、ふと一つの思いつきがケビンの頭に浮かんだ。 だが、ザギの口の端に浮かんだ鋭利な笑いが答えだった。 「いずれな」 不意に、小さな部屋でカリムと一緒にザギを囲んでいた頃の浮き立つような憧れが、ケビンの胸に懐かしく込み上げた。 「だったら俺も連れてってくれよ、ザギ」 思わず昔の口調まで戻ってきて、気のいい部下は気まり悪さに頭を掻く。 「…… す、済みません……」 「いいさ、前にも言ったろ? ザギと呼べって」 少年のような服装のまま、首筋だってむしろ華奢なのに、他者を従える者の声でゆったりとザギは話す。 ケビンの心を捉えて離さないルールを。 「なぁ、ケビン…… 付いてくるのは構わないが、一度乗った船からは降りれないぜ?」 「もちろんだよ、ザギ!」 弾んだ足取りでケビンが部屋を出て行ったあと、ザギの膝の上でボソリと恨めしげな呟きが漏れた。 「俺を置いてどっか行く相談かよ」 「盗み聞きか?」 「お前とケビンが話し込んでるから起きるタイミングを逃したんだろ」 ムッとして睨み返すトールの頭に「へぇ?」と小馬鹿にした感嘆が降ってくる。 「~~~ とにかく、西に行くって何だよ? どうせまた、俺を置いてけぼりにする気だろ」 トールが体を起こして迫れば、憎たらしく余裕たっぷりに首を傾げて。 「嫌なら俺の足でも斬り落としとけよ」 ラーイを捨てろと言った時のように、容赦なく、逃げ道を残さずに。 「そんなことできるわけないだろ!」 思わずザギの胸倉を掴んだトールは、ふと我に返って腕に体重を掛けた。 「けど、足腰立たないようにする…… っていうのは有り、かな?」 押し倒される格好になったザギが、重さに耐えながら口の端を上げる。 「へぇ…… 言うようになったじゃないか」 トールの内の獣を誘う、挑発的な声音で。 ザギは正しい。 何も知ることなく、自分の存在に託された願い…… 生きることの本当の意味も知らずに。 けれど、トールは時々思うのだ。 自分だけの力で野童の森を抜け出そうとするのではなく、いつかザギが旅立つときに、ラーイと一緒にその後を追っていたなら。 それは夢のように甘い考えかもしれなかったが、トールの心を懐かしさとも憧れともつかないもので満たした。 「やっぱり、俺も行く。 それまでに、獣王なんか要らない国にすればいいだろ?」 そう言って、意地悪な混ぜっ返しが来る前に、トールはザギの唇を塞いだ。 甘く噛み返されたのがどんな意味なのか、トールには分からない。 ただ時々、ザギはトールに優しいのだ。 - [newpage] 3. ザギが身を捻るとき、赤い筋のようなものがチラリと見える。 それは消えることのない傷痕だ。 指を滑らせて、トールはその僅かな盛り上がりを確かめる。 唇を重ね舌を絡めながら一方で傷をなぞると、ザギはトールの下で身じろぐ。 トールは体重を掛けてザギを押さえ、親指の腹をゆっくりと何度も行き来させて傷痕を確かめる。 トールがザギに付けた痕。 手のひらを赤い血で濡らし、ザギはトールを獣王と呼んだ。 顔を上げれば漏れる、熱い息。 「ここ、もう痛まないのか?」 指を当てて問うと、「まぁな」と軽い返事が返ってくる。 ザギの薄い色の瞳は狡猾で、トールに本当のところは分からない。 ただ、あの冷たい空気と、まだ冷めきっていない血の匂いが記憶の狭間から漂ってくる。 あれは過ちの記憶だ。 多分、この星の上でただ一度だけ、身を守るためでも何でもなく、一時の激情のために間違って人を傷付けた記憶。 けれど、トールの体は熱を持つ。 あの時、夜の昏さと雪の白さの間で血が流れた。 溢れたのは、血だけではなかった。 カリムの死を受け入れたときの、静かな愛惜。 ガキだったんだよな…… と、ため息のように漏れた寛容さ。 血と共に、冷酷な白い獣の皮の下から一人の男の情と、潰えた望みと、そして凄絶な色香が滲んだ。 死を前に、自らの腹に刃を立てた相手を確かめて笑う獣など、人間しかいない。 もう一度、見たい。 そんな欲望が、白い肌に刻まれた傷痕を目にする度に、トールを動かす。 あの時は、過ちの自覚と目まぐるしく動いていく状況の中で、ザギが差し出したものを充分に理解することができなかった。 だから、もう一度。 無意識にザギの下腹部をまさぐる動きに力が入る。 急ぐな、と止める手を無視して、腹の傷を吸い上げる。 冷たい目をした獣の皮を剥いで、内に流れる熱い血を、ザギが普段は決して見せないあの顔を、抱きたい。 トールが視線を向けた先、冷たい瞳の奥にゾクリとするような色が浮かぶ。 血のように生と死を繋いで脈打つ色香。 ザギが薄っすらと笑う。 「…… いいぜ、やれよ、獣王」 -Fin-.

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